嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

むかーしむかしねぇ。

あの、和尚さんが遠か所(とこ)に法事に行きんさったてぇ。そいぎぃ、小僧さんにねぇ、

「良(ゆ)うあの留守番ばしとけやあ」ち言(ゅ)うて、出かけんしゃった。

和尚さんの行きんしゃった留守にねぇ、あの、おみかんばお盆に九つ持ってね、

「和尚さんなあ」ち言(ゅ)うて、やって来た檀家さんがあったて。

「和尚さんな今日は、何処(どこ)そこの遠か所(とけ)ぇ、お出でになってお留守でござんすっ」て。

「そいぎぃ、このおみかんないっちょ如来さんに上げてください」て言うて、その九つ盛ったみかんをねぇ、檀家さんが上げて行たて。

そいぎぃ、小僧さんなねぇ、あの、如来さんの前、本尊の前行たて、上げたちゅう。ところが、そのみかんの美味(うま)ーかごとしとっちゅうもんねぇ。恐ーろしか美味かごとしとっちゅう。ほんに九つもあっ。そいけん、あの人(した)あ、「九年母のみかんば上げてください」て

言うた。そいけん、九つ持って来たっじゃろう、と思うて、いっちょぐりゃあ食べて、こいば八(や)年母てつけて和尚さんに言うぎ良かもん、と思うてねぇ、小僧さんな食べたぎ美味(おい)しかったて。

「ほんに、檀家さんが初物(はつもん)ちゅうて持って来た初物な美味しかねぇ」ち言(ゅ)うて、その、瞬(まばた)く間にいっちょ食べてしもうたて。

そいぎぃ、まもなく和尚さんが帰って来んさったてやんもんねぇ。そいぎねぇ、

「留守に何事(にゃあごと)なかったかあ」て、まず和尚さんが聞きんしゃった。

「ありました、ありました。檀家さんが、あつこの八年母のみかんば持って来て、あの、如来さんに上げといます」て言うて、言んさったぎぃ、和尚さんの見て、こうみかんば手に取って、

「このみかんな、『九年母みかん』ち言(ゅ)うとじゃろう」て、言んしゃったぎぃ、もう小僧さんな怖(えす)かったちゅう。ありゃあ、と思うたいどん、

「いいえ、和尚さん。私(あたい)はあの、聞いたつは『八年母』ち言(ゅ)うて、持って来んさったです」

「小僧、『八年母』ち言(ゅ)うみかんはなか」て。「『九年母』てゅうみかんな有名なみかんで、私(わし)が知らんと思うとったか。お前(まい)が、いっちょいち食うたろう。私ゃあ咎めはせん」て。「欲しかったらなんぼでも食べていいよ」て。「『八年母』ちゅうみかんはなかぞ。お前(まい)、そがんあの、仏に仕えてそがん悪か心持つことなん。こりゃあなあ、『九年母』て、言うみかんだ」て。そいから小僧さんは、

「九年母、九年母」て、言うてね。

そうして、そいから心を入れかえて一生懸命お経さんを習(なる)うて、遅(おす)うには良か和尚さんにならしたて。

そいばあっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P616)

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