嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 何かなあ、佐賀の大和町の実相院のあそこの坊さんの話てぇ。「し」っち言(ゅ)うことなんて。

むかーしむかしねぇ。

あの、お母(か)さんとねぇ、十四になる娘とねぇ、川に洗濯しおんしゃったて。そいば、冬てじゃんもんねぇ。川上の方から竹の子の流れてきたて。

「ありゃーあ、ぎゃん(コンナ)冷(ひや)かとけ竹の子の流れてきたあ」て言うてね、その竹の子をねぇ、拾いんしゃったて。

そうして、自分の家(うち)で竹の子湯がいて食べんしゃっいたぎぃ、その竹の子の柔かくて美味(おい)しか美味しか、もう二人で「美味しいねぇ。美味しいねぇ」ち言(ゅ)うて、食べんしゃったて。

ところがねぇ、その十四になる娘がねぇ、そのお母さんも食べんしゃったいどん、お母さんはね、お腹(なか)の大きくならんでね、お腹の大きくなんしゃったて。そうして三日目には、赤ちゃんの産まれたてぇ。そいぎ十四になる娘の竹の子食うて、そうして三日目には子の産まれてちゅうことの村中に、じき評判になったて。そいぎぃ、川の上ん方のお寺のね、和尚さんもこの噂を聞いてねぇ、

「竹ん子食べて。冬に竹ん子食べてやあ」て言うてね、その竹の子を我が今朝、如来さんにお勤めにしおったぎんとにゃ、あの如来さんのほんな横(よこ)背(し)、ほんに邪魔になるごたった、竹の子の昨日まで見えんじゃったいどん、今朝になったぎぃ、ドンドンやって伸びてきたけん、あーあ、こりゃ如来さんに触っていけないと思って、ポキっと折って川に捨てた。そいぎその、

「竹の子を食べたとじゃいけん、そして産まれた子じゃっけん、その子は寺(うち)んと。如来さんの申し子」て言うてその、早速ね、その川上の和尚さんが。その男の子じゃったてじゃんもん。その子を引き取いや来(き)んしゃったて。そうして、川上のねぇ、あの、お寺で大事に大事と育ていんさいたて。

あったぎねぇ、立派に育ったて。ところが、小(こうま)か時からね、絵ばっかい描きおってじゃんもん。絵ば描(き)ゃあて、どがんしゅんなかて。お経さんでん何でん、いっちょん覚えんて。もうどいしころ教えても、習おうでってんせんしねぇ、

「お経さんなもう、我が昨日、あぎゃん言うとっとに、もう忘れたか」ち言う。でも、もう絵はうまかて。そいぎねぇ、檀家の人達ね、

「お経さんなあっちこっちで良かいどん、あの小坊さんな立派か絵ば描ゃあてくんさっけん、小坊さんば、あの、拝みぎゃやってください」て、小坊さんの注文ばっかいやったてぇ。

そうしてその、精一杯にねぇ、恐ーろしゅうその、有名になんしゃったてぇ、絵描きが。そうしたところがねぇ、そのへんで恐ーろしか長者さんと言わるっごたっ寺の総代さんのおんしゃったて。そいぎぃ、総代さんのねぇ、

「お宅には、恐ーろしか絵の上手か小坊さんのおんさってじゃっけん、その小坊さんに、あの、いっちょ絵ば描ゃあてもらいたか」ち、金の屏風ば持って来んさった。そうしてねぇ、

「どうーぞ、これに描いてください」ち言うて、持って来(き)んさった。

そいぎねぇ、ところがねぇ、もう描(か)けたろう、もう描けたろう、と思うて、来てみんしゃっぎねぇ、もう小坊さんなもう、二日も三日も墨ばっかい磨って、バケツに水溜めおんしゃった。その磨った墨ば。そいぎぃ、もう総代さんである、長者さんな、

「その絵は、何時(いつ)描(き)ゃあてもらうかにゃあ」て、しびればきらしてね、三日目にはとうとう催促しんさったて。そいぎねぇ、

「早(はよ)う描いてが良かよう」て言うて、自分の片手に持っとった数珠を、デブってその、バケツの水の墨ん中につけてパーッて、その金屏風に投げつけんさったて。そいぎねぇ、長者さんは腹かきんしゃっ、そいぎぃ、

「高価か金屏風に、こいやんこともあろうに、墨ばなすくいつけて、しかも撫でつけて、ほん-にこういうことはなかったあ」て言うてね、腹かきんさったて。そいぎねぇ、小坊さんはねぇ、こうー握ってもろうて、「し、し、し、し、し、し、し」て、言んしゃったぎね、その描ゃあとったとにねぇ、結び目の太ーか玉の方、上は蟹じゃったてぇ。こいで、こう足ば広げとっ。そうして、子蟹のいっぱいその辺(へん)におっとの描けとったとて。その投げつけんさったばかいで。墨を磨いながら何(なん)を描いてやろうと、一生懸命に考えて磨りよったて。あったぎね、「し、し、し」て、言うたぎね、その描ゃあたとのゾロゾロゾロゾロ、ここさい出て来(く)ってじゃんもんね。そいぎね、

「待った。待ってください。待ってください」て言うてね、止めんしゃった時に残っとった墨の、いっちゃい子蟹の残っとった。

あったいどん、末の末代(まつじゃ)あ長者さんの自分の家(うち)の家宝だとして、その金の屏風ばとっときんしゃった。そいぎぃ、「見せてくんさい」て、来(く)ん者(もん)にはね、「し」って、言うことなんて。その小坊さんの「し、し、し、し、し」て、出しんしゃったけん。ぎゃんやったて。

そいばっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P614)

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