嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし、むかしぇ。

家老さんのほんに殿様よいかきれいか、家老っさんがおられた。ところが、その家老さんにたった一人の息子さんがおったけど、この家老さんに似んで、家老さんは背(せい)のスラーッと男らしく、背の高くて堂々としておられます。この息子さんは背(ほど)も低いし、その上、あんなに色もこ黒くて、余(あんま)い皆が、

「あのお父さんに似っぎ良かったもん」て、言う者(もん)ばかいじゃった。

そいでも、この方はとても利口な方だった。そいぎぃ、お殿さんはこの息子さんを大変気の利いてるねぇ、て目をつけとんさった。そうして、たった一(ひと)人(い)娘さんをお殿様が持っておられたが。ある時、この家老さんに、君の所に内の姫は、お嫁にやるて、嫁さんにやるて、皆さんに言うことを、お殿様はおっしゃったです。そいぎ家老さんは、すぐ息子さんに、

「あんたのお嫁さんには、お姫さんを貰うか」ち言(ゅ)うたら、

「そのお姫さんは一遍も見たこともないのに、知らんとを嫁さんに貰いたくない」と、言うたとはいいけど、自分の家に飼ったある鶏(にわとい)を、ある日、抱(うだ)いてお城へその息子さんは行たて。ドンドン、ドンドン奥の部屋に入って、「こりゃ、姫さん達がいる部屋だ。お前ん所(とこ)に行って、パーッと抱えてきた鶏を放したら、鶏はお城の廊下の所に来て、もうところいっぱいもう、飛んで歩いたですね。あっちにこっちにて、もうそいで女中さん達は、「あら、何事ね」て、皆がもう、一生懸命走ってみて、廊下で見よったら、お姫さんも何のあいよっとじゃろうかあ、と不思議に思って、お姫さんの出て見おったら、その、家老さんの息子さんは、お姫様を見たいために鶏を放したんだから、

「ああ、良かったあ。昨日は見たぞ、見たぞ」て言うて、また鶏をこうして抱いて、お家(うち)に帰られたて。

ところが、ここの殿さんの所(とこ)には、隣(とない)の殿さんがね、どいだけ知恵者が、あのお城にはおるじゃろうかと、思うて、「おん鳥の卵をよこせ。何月何日まで、日にちを書いて、その時おん鳥の卵をよこせ。必ずおん鳥の卵じゃなくてはいけないぞ」と言う、難題を持ちかけたわけ。

ところが、あの、来る日も来るも、おん鳥は卵を産まんもんじゃい、「無理(むい)なことを隣の殿さんは、言うもんじゃ。困った、困った」ち言(ゅ)うて、もう家老さんを初め、もう領地の者は皆、困っとった。そいぎ日にちはもう、あと三日という時になって向こうから、「おん鳥の卵を受け取りに来ました」

使者が来ていたて。そいぎその、家老さんのご子息さんが、裃(かみしも)どん着てねぇ、お城に上がられたり、そうして、そのお隣(となり)のお殿さんの使いで来ている、来て、待っている部屋を通って、

「実は、家老の父が、今、お産で、お産が始まって苦しんでおります。とてもお城に上る段じゃなくて、もう呻(うめ)いております。そいで、とてもお城には来られないと思ったから、私が名代として来ました」と、何遍でもその息子さんが言うので、お隣から使いで、おん鳥の卵を貰いに来ていた。

「そんな、お産をするために男が苦しむちゅうことのあるもんか。作り話だろう」て。

「あはあはあ」て、笑ったから、

「皆さん、お笑いになるけど、本当に男は子供を産まないもんですか」て。

「そうーだよ。男がお産した試しは、世の中はそんな話は一つもおらん。男は子供を産まないものだ」

「確かに産まないですね」と、念をおした。

「決まってるじゃないか」て、怒りかかったて。そいで、その家老さんの息子は、

「あなた方のお城からは、こちらの殿さんにおん鳥の産んだ卵をよこせ」て。「おん鳥だって男だから、卵を産みませんよ」て。そいで、

「卵のおとぼけはいたしません」て、首をさげたて。そいぎぃ、

「お殿様も助かって、こんなに小さか子は、家老さんのお家(うち)の息子さんに、是非とも貰ってもらいたい」て言うて、中庸をなさったていう。

そいばあっきゃあ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P605)

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