嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

峠に蕎麦屋のあったてぇ。その蕎麦屋には、もう器量良しの娘がおったちゅうもんねぇ。あったぎぃ、ある日夕立のきてさい、もう雷さんがピカピカピカ、ゴロゴロゴロ鳴って、恐ろしか酷か夕立のあって、その雷さんがドカーンって、落ちたて。そうして、その娘の美人の娘の蕎麦屋の前に落ちたちゅうもんね。そいぎ雷はねぇ、蕎麦でも食べて娘の顔どん見て行こうかあ、と思わしたちゅう。そして、トントン、トントンて、戸ば叩(たち)ゃあて、

「もう夕立どんすんだけん、蕎麦ば一杯くれぇ」て言うたぎぃ、そいぎぃ、あの、じき、きれいか娘の出てきて、そいぎぃ、その雷さんは、美味(うま)い出し汁じゃったもんじゃい、

「美味か、美味か。もう一杯くれ、もう一杯くれ」ち言(ゅ)うて、何杯でん食べたてぇ。

そいぎ器量良の娘は、ニコニコしてもう、嬉しがって。雷さんも蕎麦ば食べて元気ば出(じ)ゃあて、雷さんが言うことにゃ、

「俺(おら)、あんさんのお聟さんになろうかと思うとっち、来たんだけどうー」て。「その、お前(まい)さんが聟さんにせんぎぃ、また酷うゴロゴロ鳴っぞう」て言うて、威(おど)きゃあたて。そいぎぃ、

「ワアー、おっかなかあ。怖(えす)かあ」て。「雷さんは本当に嫌いだけどうー」

「でも、鳴らんとは良かろう」て言うて、言うたら、娘はとうとう、

「聟さんにそいじゃなってくだされやあ」て、言うことで、そぎゃん言うてしもうたて。「鳴らん」ち言(ゅ)うたけん。

そいぎ雷は、嬉しゅうてたまらん。毎日、鉢巻きこしゃげて一生懸命、もう器量良しの娘の言うなりになって働きよった。そいぎ村ん者な、「峠の蕎麦屋にはさい、雷の聟が来たてばい」ち言(ゆ)うて、その聟の雷を見とうしてたまらんもんじゃい、毎日毎日、行列つくっごと見に来るは来るは、蕎麦屋は忙しゅうしてたまらん。雷さんの蕎麦屋さんは、もう出(で)臍(べそ)どまひっと出(じ)ゃあて、忙しかったて。

あーったぎぃ、ある日のこと、お月さんがねぇ、雷が、この蕎麦屋に聟入りしたてやあ、て聞いて、

「雷は今頃、どぎゃん格好でうまくやっとろうかにゃあ」ち言(ゅ)うて、尋ねて来(き)んさったて、お月さんが。そうして、雷も久しぶりお月さんに会(お)うて、嬉しかったもんじゃい、

「二階に上がってくんさい」ち言(ゆ)うて、美味(いま)ーか出し汁で蕎麦ば作って出(じ)ゃあたぎぃ、お月さんも、

「美味か、美味か」ち言(ゆ)うて、三杯も食べんさいたて。そうしてねぇ、帰ーさみゃ(帰リガケニ)三十文お金ば置いて帰んさいたちゅうもんね。

こぎゃんことが、お日さんの耳にも入(はい)ったちゅうばい。お日さんもそいぎ聞いてね、「雷の蕎麦屋に聟入りしたてやあ。そいぎぃ、俺(おら)も一杯食べに行たて来う」ち言(ゅ)うて、来(き)んさいたてぇ。そいぎねぇ、そがん言うて来んさったぎぃ、あの、雷ば見ぎゃ、今、聟さんば見ぎゃ来んしゃったぎぃ、

「さあ、どうぞ」て言うて、二階へ案内さんが案内して、そいこそまた、美味(おい)しか、美味(おい)しか、美味(うま)か汁で蕎麦ば出したぎぃ、もうお日さんも、一杯じゃなしぃ、もう腹いっぱいに、お蕎麦を戴いて食(き)いんしゃったちゅうもんねぇ。

「ぎゃーん美味(うま)か蕎麦は、初めてじゃあ」ち言(ゅ)うて、そうして帰りがけに一文置いてね、

「雷君、達者でなあ」ち言(ゆ)うて、出かけんさいしゅうでしんさったぎぃ、雷さんの、

「お月さんも来んさったいどん、三十文も置いていきんさったぎぃ、お日さんなまっと(モット)沢山(よんにゅう)お金ば置(え)ぇていきんさんもん。たった一文やあ」て、言うたいどん、お日さんは、

「月が三十文なら、私(わし)ゃ一、二文で良かて。月は三十日あいどん、日は一日(いちんち)だよう」て言うて、お帰りなされたちゅう。

チャンチャン。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P599)

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