嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

むかーしむかしねぇ。

恐ーろしか働き者(もん)の男のおって。そいどん、その、貧乏じゃったてじゃんもんね。稼いでも稼いでも、いっちょん金が溜まらん。もうほんに貧乏いやだなあ。いっちょ一方(ひとかた)の檀那さんと言わるっごとなってみたいなあ、と思うて、朝は早(はよ)う、まあーだ星のあっうちから、夜はまた宵の明星の出(ず)んまで、もう一生懸命働いてね、そいでコツコツ、コツコツもう、なるべく使わんごとして、けちけちけちして。そうして、稼ぎに稼いで、ようようしてねぇ、家(え)ば建てんしゃったてばい。恐ろしか太か家(いえ)ば建てんしゃったあ。

そうーしてねぇ、太(ふと)か家ば新築して正月ば迎えんしゃったあ。あったぎねぇ、ああ、私(わし)もぎゃん檜(ひのき)作りの立派な家を建て得たことのできたあ。こいで本望だあ。そいぎもう、あの、初詣に行こうかなあ、と思うて、出(じ)ゅうでしたぎね、表(おもて)でさ、エンエン、エンエン、隣(とない)の子の泣きおってじゃんもんねぇ。

「はて、ぎゃん家(え)もようようして念願のかうて、家ば建てて、ぎゃんめでたか正月のきたとこれぇ、縁起の悪かあ、門の先であがん痩(や)せこけた隣(とない)の子の泣きおっ。正月早々、こりゃ泣きおっ。こりゃ困ったにゃあ。折角、あの家ば建てたとけぇ、初詣はどうしょうかあ」て、言いよったぎねぇ、そこに神主さんの通いかかんさった。そいで、

「やあー、おめでとうございます」

「ああー、新年おめでとうございます」て、両方から言うてね。

「神官さん、神官さん。こりゃまた、どうしたこと。そぎゃんして二人は話し合いよい間(やーだ)、エンエン、エンエンその、あの、泣くちゅうもんねぇ。そいぎぃ、「こけぇ、ほら。ぎゃん痩(や)せこけた隣の子の汚か格好して、もう今朝は早(はよ)うから泣きおっ」て。「私ゃ家ばよーうよーうして、念願かのうて、ぎゃん立(じっ)派(ぱ)に檜(ひのき)作りの家ば建てて、ぎゃんめでたかことなかけん、初詣に今出かけようてしおっとに縁起の悪かあ。ほんに時も時じゃん、家(うち)の門前に来て泣(に)ゃあて」て言うて、話しんさったて。そいぎねぇ、神官さんの言んさるには、

「檀那さんや、そぎゃん嘆くことはなか。あなた今から、運が良かですよ」

「どうして」

「ほら、こけぇ、福の神に貧乏神の追い出されて泣きおっじゃないですか」て言うて、聞かせんしゃったてぇ。そいで気持ちを取り直(なや)あてね、

「ああ。こりゃあ貧乏神の福の神に放り出されて、家(うち)ゃ福の神のあっとですなあ」

「そうです。そのとおり」て言うて、神官さんのねぇ、言うて聞かせんさったて。そいぎ安心して、初詣ばすまして帰って来(き)んさいた。まっすぐ何処(どけ)ぇにも寄らじ家(うち)さい帰ってねぇ、

「お帰りなさい」て、女房さんが言んしゃったぎぃ、その今(き)日(ゅう)のことば話んしゃったぎぃ、

「私(わし)さい、初詣に出かきゅうでもう、ほんにめでたい正月だと思うて、出かけておったぎぃ、ほんなそけぇ、隣(とない)の子の汚(きたな)か着(き)物(もん)ば着て、鼻水たらして泣きおんもん」

そいぎばい、縁起の悪か、こりゃもう、初詣はもう、ちょっと見合わしゅうかと、思うとったとけぇ、神官さんの来(き)んさったけん、

「こけぇほら、泣(に)ゃあて縁起の悪かあ」て、言うたぎぃ、

「いんにゃあ、縁起の悪かじゃなかあ」て、言んさったて。

「こりゃあばい、福の神が貧乏神に追い出されて、門前で泣きおっ」て。

「あなた、そいはめでたいことではないじゃなかですか。福の神が家(うち)の門前に追い出されてはエンエン、エンエン泣きおんない、家(うち)ゃあまた貧乏神のついたっとやろ」て。

「何(なん)ば、お前(まい)、腹かきよっかあ。ぎゃんめでたいことなかじゃないか」

「あいどん、『福の神が貧乏神に追い出されて泣きおっ』て、あんさんの言うたろうがあ」て。

「うん。チョッと待てよう。あいどん、良(ゆ)う考えてみっぎぃ、あの、私(わし)には『檀那さんてどん』て、言うてくんさっぎぃ、福の神のちいとっごたったいどん、おかしかにゃあ。どがん考えてもわからんやあ」て言うて。

「そいぎゃ、お前(まい)も来(こ)い」ち言(ゅ)うて、二(ふ)人(たい)がかいで氏神さんのねぇ、神官さんの所(とけ)ぇ行きんさったてぇ。そして、家(うち)さにゃ帰って、あの子の泣きおったけん、

「福の神、貧乏神追い出せ。門前でエンエン泣く」て、話(はに)ゃあたぎ嬶が恐ーろしか腹きゃあて。そいぎぃ、神主さんなニコニコと笑(わる)うてね、

「なーん。『が』と『に』と、あんさんは入れ替えて良(ゆ)う言うたもんじゃったあ」て、アッハアーアッハアで、笑(わり)いんさったて。

「『福の神に』て、『に』ば『が』て、言うたけん」て。

「ああ、そうやったあ、そうやったあ」て言うて、頭どん抱えて、

「こりゃ、嬶。良(ゆ)う聞け」て。「福の神が貧乏神ば追い出(じ)ゃあととぞ。良う忘れじおってくれ。私(わし)ゃ忘るっけん」て言うて、縁起かつぎおっところばねぇ、そいで承知したて。

そいばっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P598)

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