嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

ある人がねぇ、江戸さん初めて出て来(き)んしゃったて。そいぎぃ、ブラブラ、ブラブラあっちこっち見て回いよんしゃったぎぃ、一軒の茶店があったちゅうもん。そうして「お吸い物、お好み次第」ていう、看板のブラッて下がっとったちゅうもんねぇ。そいを見てさ、ああ、こりゃあ珍しかお吸い物ば吸おうと思うて、店に入(はい)んしゃったて。そうして、

「このお店では、どんな吸い物でも作るのかあ。『お好み次第』て、してあるから」て言うて、聞きんしゃったぎぃ、店の亭主が、

「はい。左様でございます。看板に書いてあるとおり、何(なん)なりともお申しつけくださいませ」て、こう言んしゃったちゅう。そいぎぃ、

「表に書いてあっ、『さいほくとう』ち言(ゅ)うとば頼む」ち言(ゅ)うて、注文しんしゃったちゅうもんねぇ。「さいほくとう」ち言(ゅ)うとば、注文しんしゃったて。

「では、お客様、よろしゅうございます。すぐ料理して差し上げます」て言(い)うて、亭主は引っ込んだちゅうもんねぇ。そいで、一時(いっとき)ばっかいしたぎぃ、

「お待たせいたしました」ち言(ゅ)うて、持って来たてぇ。

蓋ば取ってみたぎさ、魚の骨ばっかいの吸い物じゃったちゅうもんねぇ。そいぎぃ、その男はねぇ、

「こりゃ、こりゃ、亭主、何じゃい。こりゃあ、魚の骨ばっかいやろうがあ」て言うと、亭主は平気な顔して、

「はい、左様でございます。お好みとおりの吸い物でございます。どうぞ、お静かに召し上がってください」て、こう挨拶(あいさつ)して行ったてぇ。そいぎねぇ、また、

「これ、これ。私は看板の『さいほくとう』ち言(ゅ)うとば注文したとぞ。こん魚の骨ばっかいのお吸い物は頼んだ覚えはなか」て、ムッとして言うと、亭主は、

「また、柔らかい物腰で、左様ですとも、『さいほくとう』のご注文であったから、みな身みのない骨ばっかいな、お吸い物でお作りしたのでございますよ」て、こう言んしゃったわけぇ。

「みな身(南)みのない(みな身のない)吸い物てねぇ。

ぎゃん面白か話もありますよ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P591)

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