嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)
むかーしねぇ。
ほんに欲も徳もなかお医者さんがおらしたちゅう。(昔、お医者さんは少なかったちゅうもん。)そいでも、そのお医者さんはねぇ、ほんにもう、良かお医者さんやったて。そいぎもう、
「嬶(かか)が癪(しゃく)の出て、『もういち殺さるっごとせく』ち言(ゅ)うて、言うけん、早(はよ)う来てくんさい」て、言うぎぃ、馬に乗って行きよんさったちゅう。そいからねぇ、
「子供が今にもひきつけて死のうごたっけん、早う来てくんさい」ち言(ゅ)うぎぃ、
「よし、よし」ち言(ゅ)うて、そのお医者さんは行きおんしゃったて。そいからねぇ、山の木を倒しそこねて、
「家(うち)ーの伜(せがれ)がさい、木の下敷きになって、もう、今にも死んごとしとっけん、早う来てくんさい」て言うて、迎いの来(く)っぎぃ、
「そいぎぃ」ち言(ゅ)うて、馬に乗って山ん中まっでん行きおんしゃったあ。
そぎゃん、お医者さんなねぇ、その上にさ、
「私(わたし)ゃ金のなかばーん」て、言うぎぃ、
「金のできたとき良かあ」ち。「盆でん良かばい」て、言うごとしてねぇ、何時(いつ)まーでん、お金の催促もしんしゃらんじゃったて。
そいぎぃ、そういうことがねぇ、お殿さんの耳にまで入(はい)ったちゅう。そいぎぃ、名主さんは呼ばれて、
「こりゃあ、ほんに施療術ていうとじゃろうかあ」て言うて、お殿さんが名主さんに言んしゃったぎぃ、名主さんな施療術ちいうとば、そんなことば知らんもんですから、
「そんな不行届けなお医者さんじゃございません。そりゃあ、欲のなか親切なお医者さんですから、どうぞ、お助けください、お許しください。罪にはしてくださいますな」ち言(ゅ)うて、恐ーろしゅう平謝りに謝んさったて。
そいぎぃ、お殿さんにつんのうて来とっ役人も恐ーろしか吹き出して、笑うたちゅう。
世の中、知らん名主さんに施療てん難しい言葉ば言んしゃったぎぃ、そがんことのわからんで、「こりゃあ、お医者さんが罪になんしゃぎ大事(ううごと)」て言うて、大変に、あの、名主さんがかぼうて。そうしてもう、言んさったから役人も、吹き出し、大笑いをしたていう。
そいばあっきゃ。
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P572)