嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

ある田舎にさ、恐ろしゅう貧乏の男がおったちゅう。もう、年貢も何年でん納めえんでおったちゅうもん。そいぎぃ、

「三年も年貢の溜まったけん、こりゃあ、沢山(よんにゅう)ちい(接頭語的な用法、ツイ)やらんばらん。もう近いうちに役人さんが取い立てに来っ」ち言(ゅ)うて、誰(だい)でん言いおったけん、

「今夜さ、夜逃(よに)げすっに限っ。もう家(うち)ゃうっ捨てて逃ぎゅう」て、言うてねぇ、夜の暗さにまぎれてドンドン、ドンドン、山ん中ば行きおんしゃったちゅう。そうして、野を越え山を越え、もう何日でん野宿したい、山ん中(なき)ゃあ寝たいして行きおんしゃったぎぃ、恐ろしか何時(いつ)まっでん出られんごと太か山じゃったてぇ。そけぇ入(ひゃ)あり込んだぎもう、木の暗かごと茂っとったてやっもんねぇ。ありゃあ、夜(よ)さいのごと暗(くろ)ういちなった、と思うて、向こうん方ば見おったぎぃ、何(なん)じゃい箱んごたっとの目(め)ぇかかったちゅうもんねぇ。

「あらっ、ぎゃん所(とけ)ぇ箱のあったあ」ち言(ゅ)うて、取ってみたぎねぇ、どうも聞いたことはあるどん、見たごとはなかった千両箱らしかったちゅうもん。

「ありゃあ、こぎゃん所(とけ)ぇ盗賊どんが隠(かけ)ぇて行たとばい」て、我が一(ひと)人(い)合点してねぇ。中ばジーッと見てみゅうかにゃあ、と思うて、ちぃっと(少シハ)開けたてぇ。そいぎぃ、案の定、小判のそこにいっぴゃあ入っとってじゃんもんねぇ。ウワー、こりゃあ、夢ば見おったとじゃなかろうかにゃあ、と思うて、つねってみっぎぃ、あ痛で、痛かて。そいぎぃ、こりゃあ小判の入っとっと、一遍銭どん拝んでみゅう、と思うて、思いきって、開けんしゃったてじゃんもん。あったぎねぇ、その千両箱の蓋(ふた)に鏡のちいとったてぇ。そいぎぃ、開けた拍子にさ、男のさ、ジーッと我がば見おってじゃんもん。ありゃ、こりゃあ、この箱ん中(なき)ゃあ、人の入っとらした、と思うて、恐ろしかうっ(接頭語的な用法)たまげてねぇ、誰(だい)じゃいおっと思わんじゃったあ、と思うて、ひざって(後サガッテ)、

「許してください、許してください。私は、この箱が折角空っぽだと思って、何(なーん)も取ろうで思うては開けませんだした。堪忍してください。私をどうぞ、堪忍してください」ち言(ゅ)うて、もう泥に頭をつけて一生懸命その、許しを乞(き)ゃあおったて。もう、ほんーにもう、可愛そうかごとその、拝みよったちゅう。堪忍してください。堪忍してください。その千両箱の蓋(ふた)に自分の顔が映ったこともわからじさ、一生懸命そりゃ真剣な顔じゃったてよう。

そいばあっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P566)

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