嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

ある村にねぇ、恐ろしか働き者(もん)の百姓がおったちゅう。

朝は早(はよ)うから田圃に出て暮らす。

晩なもう暗(くろ)うなんまで働いて、ほんなこて働き坊じゃったて。

そうして、この男はねぇ、無駄使いもせじぃ、

お金ばセッセと溜めおんしゃったて。そして、お金の溜まっぎぃ、

また田圃ば買(こ)うてねぇ、米を作いよったちゅうもん。

そうして、その年ゃ天気も良かったもんじゃい、

稲の恐ろしゅう生(お)わって、秋になったぎ立派に穂が出たて。

あったぎねぇ、雀のさ、チュウチュウいいよって、朝早(はよ)うから。

その百姓の田圃に来て、米の穂ば食い荒らすちゅうもん。

「こりゃあ」ち言(ゅ)うて、ガランガランて、

鳴い物を振って雀を追うてもじきその後に群って来て、穂ば食(き)いおっ。

そいぎぃ、その男はねぇ、家(うち)の雀の寄って来て、田圃を食い荒らすけん、

もう秋の収穫なかごといちなったもん。困ったにゃあ、と思うて、

親類の叔父(おん)ちゃんに相談に行きんしゃったちゅう。

そいぎぃ、その叔父ちゃんは、

「『鳥(とい)の早起き』ち言(ゅ)うて、朝早(はよ)うから沢山(ゆんにゅう)来ては、

お前さんも適(かな)うみゃあ。こりゃ、今年ゃ諦(あきら)めてさ、

正月になっぎ案山子(かかし)さまちゅうとばお祀いしてさ、

その案山子さんにはご馳走ばねぇ、供えて

『稲の穂の出(ず)っ時分には、必ず田圃に来て立ってもらいます』ち言(ゅ)うて、

お願いすっこっじゃあ。

そいぎねぇ、ちゃあーんと案山子さんが雀どんば追い払ってくんさっ。

こぎゃんしてがいちばん良かぼう。昔からこぎゃんもんじゃったあ」て、教えんさいた。

そいぎぃ、じき正月の来る頃じゃったもんじゃい、

その百姓男は早速、案山子さまば作ってさ、そこの家に祀ってご馳走をお供えして、

「雀どもを、どうぞ追い払ってください。

私の作った稲ばもう、あがん荒らされて困りますから、どうぞ雀を追い払ってください」

ち言(ゅ)うて、頼んだて。

そいぎぃ、ほんなこてその年ゃ恐ろしか稲が良(よ)う実のって、

沢山(よんにゅう)米のとれたて。そいぎぃ、その百姓男は大喜びしてさ、

また次の正月にもねぇ、床の間に案山子さまを祀ってご馳走を供え、

お酒ば上げたいしてねぇ、

「どうぞ、雀を今年も追い払ってください。お願いします」ち言(ゅ)うて、拝んだて。

ヒョッと顔を上げてみたら、小さかほんにきれいか女(おなご)の人んさ、

そのお膳の所に座いなっちゅうもん。

そいぎねぇ、その百姓の嫁さんが、台所から見おったちゅう。

そうして、その百姓の所(とけ)ぇ来て、

「お前(まい)さん、私に、『こぎゃんご馳走ばせろ。ご馳走ば作れ』ち言(ゅ)うて、

他所(よそ)の女に食べさしゅうで思うて、作らせおったろう」て、

恐ろしか顔の青(あお)うなって叫(わめ)き立てて腹きゃあたて。

「こん畜生(つきしょう)。お膳の前に座って、ご馳走ば食うて」て、

その案山子さんば箒(ほうき)持って来て、追い払(はる)うたて。

嫁さんが、あったぎその、小さか女はサッサッとまた、

窓から飛ぶごとして逃げて行きんしゃったちいうもん。

あったいどんねぇ、そいから先ゃさあ、この百姓男は雀から食い荒らされて、

働いても働いても貧乏ばっかいしてしもうたて。

そいばあっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P562)

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