嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)
むかーしむかし。
ある村に何(なん)の役にも立たん馬鹿息子がおったちゅうもん。
もう秋の取り入れがすんだ頃、金山に人夫が足りんから、
「誰(だい)でん人数しゃがおっぎ良かけん、来てくいろう」て言うて、雇い人が来たて。
そいぎぃ、そけぇたらん男がおったぎぃ、
「こりゃあ、ちぃっと(少シ)たらんどん、こいも人間、男一(ひと)人(い)良かろうかあ」て、言うたぎぃ、
「良か、良か。金山に働きに来い、来い」ち言(ゅ)うて、誘うたて。そいぎ親達ゃ、
「役にはとても立ちゃせんけど、どうせ家(うち)でブラブラしとっばっかいじゃっけん、
雇ってくんさんないば幸いなこと。よろしゅう頼みます」ち言(ゅ)うて、
話が早速決まって、そのたりない男を連れて、金山さいに出かけたて。
おっ母(か)さんなねぇ、着替えの下着ば風呂敷に包んで、
「汚るっぎこの着(き)物(もん)と着替えろよう」ち言(ゅ)うて、背中に括(くく)ってやったてぇ。
そいぎぃ、じきその若(わっ)か者(もん)は草臥れて、雇いに来た男から遅れて、
道の石に腰掛けよったてやんもんねぇ。
そいぎぃ、向こうん方から牛を盗んだ男が、走って来(き)おったて。
そうして、役人から追っかけられよんもんだから、お前(まい)の背中に包んでいる包みを、
何(なん)か銭(ぜん)じゃいわからん、と思うて、その牛泥棒はねぇ、
「お前(まい)、この牛と換ゆうかあ」て、言うたて。
そいぎぃ、その馬鹿たれ男は、下着どん背負(かる)うとったぎぃ、
こりゃ厄介じゃあ、厄介じゃあ、て思うとったので、たりない男は、
「良か、良か。そいぎぃ、牛と換ゆう」ち言(い)って、換えたてぇ。そいぎぃ、
「良かろう」ち言(ゅ)うて、換えたちゅうもんねぇ。
そうして、余(あんま)い雇い人に遅れて良(ゆ)うなかもん、て思って、テクテク牛を連れて行きおったぎぃ、
目のキョロッとした男がさ、そいぎぃ、キョロキョロした男が首に、何(なん)じゃい包みば結んで来(き)おっちゅう。
そうして、その後ろから追手がまた来(き)おっちゅうもんねぇ。
そいぎぃ、ありゃ追手に追われとっとばいのうて、幾らふうけ者でん思うとったら、
「牛と、この包みと取り換えてくれんかあ」ち言(ゅ)うて、
だしぬけてそのたりん男に頼むもんじゃっけん、その馬鹿さんも、何(なーん)も考えもなく、
「良か、良かあ。牛と包みと換ゆっぎぃ、良か、良かあ。もう金山はじきじゃんもん」ち言(ゅ)うて、あの、換えたちゅう。
そして、金山はじきだったけん、金山に着いて包みば解いてみたぎぃ、
中からどうして恐ろしか金の輝くとの塊(かたまい)の出てきたて。
そいぎぃ、そのちぃっとたりん男が、今までのことば雇いに来た男に話したぎぃ、その金山の主人が、
「昨夜(ゆうべ)さ、家(うち)に泥棒の入って金ん塊(かたまい)の盗まれた。
お前(まい)が取り戻してくいたかあ。有難う、有難う」ち言(ゅ)うて、何度でんお礼ば言うて。そうして、
「何年でん働くごと言ったけれど、この男はたりないどころか利口な男だ」ち言(ゅ)うて、褒めて、そうして、
「ぎゃん気の利いた男を何時(いつ)まっでん泊めておくことはいかん」ち言(ゅ)うて、連れて帰ったて。
ほんに間の抜けた男、大馬鹿さんじゃったいどん、知らんうち金ん塊(かたまい)と摩(す)り換わっとったて、牛と。
そういうことです。
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)