嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

これも漁村の話ですよ。

もう網元ちゅうて、

恐(おっそ)ろしゅう格の高い親方がおんさったちゅうもんねぇ。

ある年に来る日も来る日も台風があって、

もう風がなかなかおさまらんちゅう。

台風ばっかいじゃったて。

そいぎぃ、親方の家(うち)に集まって、

「もう雨風も酷うし、海の荒るっもん。酒盛りどんしゅう」

ち言(ゅ)うて、酒どん飲みよったて。

そいぎぃ、この親方はさ、もう反対したい逆らうたいすっとが

いちばん好きんさらんじゃったて。

そいぎ

親方は、

「今日は風祭りだ。皆、呼んでくれー。

好(し)いとっしころ飲んでくれやーあ」

て言うて、飲ませんさいたちゅう。

「そいどん、お前達に聞きたかことのいっちょあったい」

言うて、話かけたて。

「それは世の中で、何(なん)がいちばん好きやいろう、

正直に良かけん一(ひと)人(い)一人答えろ」

言うて、言んしゃったて。

そいぎ

一人の漁夫が、

「俺(おい)、何(なん)ちゅうても、

世の中でいちばん、美味(うま)かとは魚(さかな)」

て、言うたて。

「よし、よし。漁民らしかぞ。良か答だ」ち言(ゅ)うて、承知したて。

「隣(となり)ゃあ」

「俺はない、豚ん肉の柔らかっとがいちばん美味か」

て、言うたて。

「そうかあ。豚ん肉も美味かもんにゃあ」て言うて。

「そいぎぃ、その次ゃあ」て聞くと、

「俺はねぇ、猪の肉を好いとっよう。

あいがねぇ、山羊(やぎ)の肉よいた美味かぞう」と言う。

「ほんに、俺(おり)ゃあ、あいが好(し)いとっ」て。

誰(だい)ーでん、

「俺(おり)ゃ何(なん)が好いとっ。俺(おれ)は、何が好いとっ」

て、言うたて。

あいどん一(ひと)人(い)、漁師じゃいどん、

黙ーっとっ者(もん)のおったけん、

「お前(まり)ゃあ、何が好いとっとやあ」

て、親方がね、側さい来て催促した。

そいぎぃ、

「俺(おり)ゃあ、世の中でいちばーん美味(うま)かとは、

塩じゃと思う」て、言うたて。

そいぎぃ、急に親方が腹きゃあて、

「馬鹿たれ。塩が何て美味かかあ。

俺(おい)ばきゃあなむんなあ

(「きゃあ」は接頭語的な用法。馬鹿ニスルナ)」て言うて、

恐(おっそ)ろしか腹きゃあて(腹立テテ)、

「もう、お前(まり)ゃもう、部落からはずれて出て行け。

『台風御神酒さん』ち言(ゅ)うて、流せ」

て言うて、親方が言うもんじゃっけん、

親方に機嫌とって、

誰(だい)でん、ワッサワッサと荒れてる海に、

その漁夫ば担いで行たて、うっ(接頭語的な用法)捨(せ)たちゅう。

そいぎ親方は、

「今時分な、あの奴は、『塩水ば好いとっ』て、言いよったけん、

沢山(よんにゅう)飲みよろうだーい」て

言うて、笑いよったて。

そうして、そがん言うち台風もお陰止(や)んで、

もうそいから先ゃ毎日(まーいにち)、

台風がおさまったぎぃ、雨ばっかい降り続いた。

そうして、その時分は大昔のことでっちゃったけん、

塩水ば炊いて塩ば取いよったどん、

塩も炊けんごと、

塩気のなかとばっかい食べんばらんじゃった。

魚も豚も、山羊も肉も、鳥(とい)の肉も、塩気のなし味んなか。

親方ももう、

誰(だれ)ーでんあたい散らして機嫌の悪かった。

「ありゃあ、今日(きゅう)も豚汁かい。味のなかあ」

て、言いよったいどん。

ある日のこと、

「あらっ。今日の豚汁は、薄味のきいて美味(うま)かじゃなっかあ。

何(なん)で味つけたとかあ」て、

親方が女中さんに聞いたて。

そいぎぃ、

その女中さんは、

「お汁(つゆ)の鍋の蓋(ふた)ば取いおったぎぃ、

鼠の小便じゃいろう、

何(なん)じゃい知らんどん、上ん方から落ちてきおったよう」

て言うた。

「そいなら、鼠じゃないじゃろう。天上裏ば調べてんろう」

と、言われて、

下男が天上裏さい上って行たて見たぎぃ、

塩ば俵に積めとった叺(かます)が雨漏いで、

もうじゅっくい(ビッショリ)濡れて、

そうしてポターン、ポターン下(した)さい落ちよったて。

そいぎぃ、

その男は親方の所(とけ)ぇ行たて、

「塩叺からなたー、雨漏いした塩叺から塩水の落ちよった。

そいが鍋に入って美味かったとう」

て言うたい。

そいぎぃ、

そん時はじめて親方は、

「なるほど、塩はそぎゃん大切に美味か味を持っとっとばいねぇ。

ほんに酒飲んどった上とは言うけど、

あの正直者(もん)に余(あんま)い酷かことば言うたなあ。

私(わし)は」て、ほんに悔んだて。

「あぎゃん、流しまでせじ良かったとこれぇ。

ほんに、あいがほんなことじゃった。

塩味が美味かとがほんなことじゃった。俺(おい)が悪かったあ。

あいどん、漁夫じゃっけん

海にゃ慣れて泳ぎえたろうだーい。

何処(どこ)ん島ないとん、泳ぎ着いとろうだーい。

誰(だい)でん行たて捜(さげ)ぇて来い。何日かかってでん良かぞう」

て言うて、皆が島ばくまなく捜しおったて。

あいどん、いっちょん見つからんてじゃんもんねぇ。

やっぱい、死んだとじろうかにゃあ、と思って、

もう島、見つくっ所(とこ)なかあ。

あつこは誰(だーい)も住もうとらん島のいっちょあんにゃあ、

という所(とこ)を通いおったぎぃ、

そっから煙(けぶ)いの立ちおったて。

そいぎぃ、

「あそこは無人島とけぇ煙いのさしよっじゃ。

誰か住もうとっに違いなか」て言うて、

そこさにゃ行たてみたぎぃ、

その海の荒れた時に流されたあの男が

一(ひと)人(い)淋しく暮らしおったて。

そいぎぃ、仲間どんが全部(しっきゃ)あ囲んで、

「親方様が悪かった。俺(おい)が悪かった。

『ぜひとも野郎ば連れて来い』て、

言われて、私(あたい)どんが迎えに来たぞう。帰ってくいろう」

て言うて、

皆がお願いをしたて。

そいぎぃ、

その男は言うには、

「折角ないどん、帰りとうはなか」て。

「正直者の自分の考えも言われん。人間らしか暮らしはでけん」て。

「そいけん、ここで自由に無人島で一(ひと)人(い)暮らしたがまし」

ち言(ゅ)うて、いっちょん言うこと聞かんて。

「あいどん、おどんがため。

おどんが面(つら)ば立ててあぎゃん親方も、『悪かった』と言うて、

頼まれて来たじゃっけん、

どうぞ、帰ってくいろう。

おどんが面ば立ててくいろう」

て言うて、皆が頼むもんじゃっけん、

「そんないばねぇ、お前(まい)達の面も立てんば仕方なかろうだい」

て言うて、

その正直者(もん)の流された男は、

舟に乗って帰よったて。

そして、

もうその自分の何時(いつ)も暮らしおった

親方のおった島に近づいた時、

友達も、

「おどんも、こいから先ゃあ、まっと強うなっぞう。

我が思うたごとを正直に言うぞう。

そいけん、あの、お前に見習うばい」て言うて、

勇気づけよったて。

そぎゃんしおったとこれぇ、

その最中(さなか)男は舷(ふなべり)から、海に身を投げて死んだて。

とうとう返って来んじゃったて。

そいぎぃ、親方にあの男のあん時いった、

「正直か言葉も言われんごとあっ所(とけ)ぇ暮らされん。

人間らしくなか」て、

言ううたことを、親方さんに告げたて。

親方さんはますます、

「俺(おい)が悪かった。

初めて目が覚めたよ。

あの男のために目が覚めたよ。

そいぎぃ、あの正直者の身を投げた日を、

『海神の日』と決めて、

こいから先ゃ、漁の祭りとして、あの、

自分の心を改めるためにも祈ろうじゃないか」て言うて、

そいから先ゃ、その日を「海神祭り」ていうことに決めたちゅう。

そいばあっきゃ。

[補遺17 塩がすぎた(AT九二三)類話〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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