嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

ある所に鰻の蒲焼き屋があったもんねぇ。

そいぎ皆、

「あすこの蒲焼き美味(うま)か。あすこん蒲焼きが一等ばい。

いちばん美味かばい」て言う、大評判じゃったあ。

土用の丑の日になっぎもう、

鰻屋の前は毎年行列のできてさ。

そうして、

「鰻ば食うぎんと十年な長生きすっごたっ。

ほんにじきさい、元気の出(ず)んもんねぇ」

て、言う者(もん)ばかいやったあ。

そうして話しおったら、

あるけちな男がさ、

「俺(おり)ゃあ、蒲焼きどま買わじも

何時(いつ)ーでん飯の美味(うも)うしてさい、ぎゃん元気か」

て、言うもんねぇ。

「俺(おり)ゃ、そいぎさ、

蒲焼きの匂いをかぐだけで銭(ぜん)もいらん」て言うたことを、

しゃべったて。

恐(おっそ)ろしかもう、自慢して言いよったぎぃ、

鰻屋の主人に、そのことが聞こえたちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、鰻屋の主人がさ、

「いんにゃあ。そん匂いも家(うち)んとばい。

銭ば払うてくいやい」言うてきたちゅう。

ありゃあ。匂いかぎ賃ば催促に来たばいのうー。

あぎゃん、言わんぎ良かったあと、

その男、思ったいどん、もうそん時ゃ、遅かったて。

「そいぎぃ、匂いかき賃は幾らやろうかあ」

て、その鰻屋の主人に聞いたぎぃ、

その鰻屋は、

「三百六十五文で負けとこだい」

て、こう言うたて。

「そいぎぃ、待っといやい。じき銭ば持って来っけん」

ち言(ゅ)うて。

珍しかにゃあ。恐ろしゅうけちん坊で、

鰻どま一遍でん買(こ)うたごとはなかあ、

ち言(ゅ)う話じゃったいどん、て思うとったちゅう。

「そいしこで良かろうかあ」ち言(ゅ)うて。けちん坊男は出て来て、

「そいくらいで良かねぇ」て、念ば押したちゅう。

「うん、良か」て、鰻屋の主人も言うたぎぃ、

そいぎぃ、

「ほら、揃えて持って来た」言うて、

こうしてお金を並ぶっちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、鰻屋の主人が、

「うん、良か。そいぎぃ、そん銭ば貰うばい」

ちて、手を差し出(じ)ゃあて取ろうでしたぎぃ、

「チョッと待ったい」て、そのけちん坊男が言うちゅうもん。

そうして、

言うことにゃあ、

「俺(おい)はかいだだけで、現品は何(なーん)も貰うとらん」て。

「お前(まい)さんは銭ば見ただけでよかろうもん」

こう言いかかったて。

そうして、銭なスルーッと、かき寄せて引っ込ませてしもうたて。

そいばあっきゃ。

[笑話新一八A 匂いの代価]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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