嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

御殿に殿様がおんさったぎぃ、

沢山(よんにゅう)腰元がおったちゅうもん。

そいの中に物腰の良(ゆ)うして、ほんに優しゅうして、

きれいか女のおったちゅうもん。

殿さんはその腰元がいちばん好いとんしゃったてぇ。

そいぎぃ、

女達の全部(しっきゃ)あの妬んで何と言うてん殿さんなもう、

「あの女。あの女」て、あの子ば好いとんしゃっもんと思うて、

皆で妬んどったちゅう。

「こっち来(こ)れ。もっと近く寄れ。もっとこっちお出で」て言うて、

殿様はその女がしくじっても、

「よし、よし。そのくらいのことはありがち」

て言うて、許しんさっ。

他の者(もん)な腹にすえかねとった。

ところがある日にね、「プーッ」て、音んしたて。

そいぎぃ、

皆の女達は、

「殿様の前で、あがん屁ふって良かろうか」

て、口々に言うちゅう。

そして、

「殿様。この女は、今屁をひりました」

て、言うたら、

殿様は、

「そうか」て。

「無礼者が」て言うて、初めて腹かきんさったと。

そして皆、

「無礼だ。不躾(ぶしつけ)な」て言うて、皆の者もプイプイすっ。

そいぎ

殿さんも、甘く許すことができん、と思うて、

「これ、お前(まい)。そんな屁をふるとは、不届け至極。

もう、ここに置くことならん。出て行け」

て言うて、お暇を出しんさっ。

そいぎぃ、その時ゃもう、その人は産み月じゃったてぇ。

お腹(なか)の大きかとを抱えてねぇ。

そしてもう、

泣く泣くお城を後(あと)にしてズーッと行きおったてぇ。

そして、

ある所の村に、貧しい村に来たら、

親切なお爺さんとお婆さんがおって。

そして、

そこで無事にお産をしたら立派な男の子が生まれたそうです。

そして、

貧しい家で一生懸命に育てよった。

そいぎぃ、

その子はだんだん、だんだん大きくなった。

その上、賢い子じゃったてじゃっもん。

そして、

その子は、

「私にはお父さんはいないの。

お母さん、お父さんがなくて僕は生まれたの」

て、聞いたて。

母さんは、

「いやーあ。そなたにも立派なお父さんがあるのよ。

お父さんは、この先の村の、あの先の城下町のお殿様、

あなたのお父様よ」

て言うて、教えんさったと。

そいぎぃ、

「ああ、よくわかった。

私はひとりでいいから、そのお父様とやらに会いに行く」

と、言うたて。

「いやーあ。手打ちにされたら大変だから行かんが良か。

行きなさんな」

て、母さんは言うても、それを振りきってさ、

「いや。お母さん、心配せんでいい」

て言うて、

その城下をめざして男の子はひとりで行ったて。

そしてねぇ、

金(きん)のごたっとば粉(こな)にしたとばねぇ、

きれーいか箱にその息子は入れて持って行たてぇ。

そいで

城下に着いたぎぃ、御門番に、

「私(わし)は、殿様に献上物を持って来(き)たあ」

て、言うちゅう。

「何の献上物」

と、聞かるっ。

「この箱の中に入(はい)っとっと。

この箱を開けて見た者は目が潰(つぶ)るっ。

殿様だけが見んばらん」

て、こう言う。

真面目くさって言うから、ほんなもんと思うて、

門番どもは、

「そうか。どうしたら良かろうか。

通してが良かろうか、どぎゃんしたもんだろうか。

こぎゃん小(こま)ー子じゃんもん。どうあんね、通そう」

て言うて、御前に通しんしゃったて。

そいぎぃ、

奥の間にズーッともう、

「『殿様にお目にかかりたい。献上物』ち言(ゅ)うて、

持って来とっ子供がいます」て、殿様に申し上げたら、

「通せ」て、殿様がお許しになったて。

「奥の方に入んなさい」

て、言われて、

殿様の前に行くと殿様が威張ったごとしておんしゃったて。

そいぎぃ、

「そなたか。献上物とやらを持って来た者は」

と、言われたて。

「はい。私でございます」

て言うと、

恭(うやうや)しくその小箱ば差(さ)い出(じ)ゃあて、

「この小箱の蓋(ふた)を開けると目が潰(つぶ)れます。

そして、これを蒔くぎ金のなる木が生えてきます。

この金のなるこの種を蒔く人は、

一度も生まれてから屁をふったことのなか人の蒔かんばでけん」

ち言(ゅ)うて。

そいぎ、殿さんが、

「そんな馬鹿なことがあるもんか。

人間にしとって、屁をひらん者(もん)は一(ひと)人(い)もおらん」て。

「チャーンと生理的に屁をふるように、

チャーンと腹ん中も通る道の印だよ。

そんな馬鹿なことがあるもんかあ」

ち言(ゅ)うて、言んさっ。

そいぎぃ、その子供の言うことにゃ、

「殿様、本当に屁をひらん人間はないですかあ」

て、聞いたら、

「そうだ。屁のひらんも者は、人間じゃない。

皆、人間は屁をふっ」て、こう言った。

その子供は、

「殿様、その屁をふったばかりに

私の母は、泣く泣く島流しにあって暮らしております。

私は、その母の子です。殿様の子ですよ」

て、言うたて。

そいぎぃ、殿様は、ビックリしてマジマジと見よっぎぃ、

そのほんとに好きだった女の顔立ちが思い出され、

その腰元の顔立ちソックリじゃったちゅうもん。

殿様は、

「ああ、そうであったかあ。

私(わし)が不束(ふつつか)者であったよ。堪忍してくれ。

早(はよ)う、その母とやらば呼び寄せよ」て言うて、

駕籠を持って迎えに行かせんさいたて。

そして、

城中に腰元として迎え入れたと。

金のなる木などありはしないが、

賢いこの子の計略だったてよ。

そいばあっきゃですよ。

[五二二 金の茄子(cf.AT六七五、七〇七、九三〇)]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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