嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

ある所に夫婦二(ふた)人(い)が仲良く暮らしとったちゅう。

恐ろしゅう貧乏で税金も納めえんごとしとったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

夫が言うことにゃあ、

「俺(おり)ゃあ上方さい行たて、良か仕事を見つけて来て、

三十両ないとんお金ば溜めて帰って来(く)っけん、

お前(まり)ゃ家(うち)ん仕事をして待っとっておくれよう」

て言って、上方行きば思(おめ)ぇたったちゅう。

そうして、

一年間辛抱して良か塩梅(んびゃあ)働き口の家を見つけて、

三十両貰う約束で働きよったてじゃんもん。

一生懸命働いて、ようよう三十両貰うて帰る段になったてぇ。

ズーッと帰よったぎぃ、

真黒な月のなか晩じゃったてもんじゃんねぇ。

ぎゃん月もなかぎ手探りせんばらんまごたっもん。

何処(どけ)ぇないとん泊まらんばねぇ、と思うて、

いちばん近か家(うち)に泊まろうだーい、と思うて、

「どうぞ、一晩泊めてください」ち言(ゅ)うて、頼んだて。

そいぎ、そこはねぇ、

「良かばーい」て、言んさったいどん、

お爺さんが一(ひと)人(い)住まいじゃったてじゃんもん。

「私は話をすっとが好きじゃいどん、

話を嫌な者(もん)は泊めるわけにはいかんばーい」

て、言んしゃったいどん、

「嫌いじゃなかなか」言うて、

そけぇ相談して泊まっごとなったて。

そいぎぃ、

爺さんがまた言うには、

「俺(おい)の話は値段があって高(たっ)かぞう」て、言うたいどん、

宿賃と思うて仕方なかあ、と思うて、

その男は、

「仕方あいませんよう」て言うて、泊まったて。

そいぎぃ、

爺さんが話すには、

「雨の降る時にゃ、岩宿取るなあ。こいも話で十両出せぇ」

て言うて、十両取られたて。

ありゃあ、十両無(の)うなったあ。

折角稼いだとの残りは

二十両にちぃ(接頭語的な用法、ツイ)なったあ、

と思(おめ)ぇおんしゃったぎぃ、

もう、長(なご)うどんおる所じゃなかあ、と思うて、

「有難うござんしたあ」ち言(ゅ)うて、

帰おったぎぃ、嵐がきたちゅうもんねぇ。

雨風が酷いうして、もう行くにも行かれん、

戻いも戻られん嵐やったて。

あいどん

じき側に高(たっ)か岩のあって、凹(くぼ)うでいて

そこに雨風は避けるにちょうど良かったいどん、

昨夜(ゆうべ)、爺さんが岩宿取るなあ、

て言うたとば思い出(じ)ゃあて、

あの岩ん所(とけ)ぇ隠るっぎいかんばいのう。

雨宿いすっぎいかんばいのう、て思って、

もう濡れるてもいい、と思って、

音たて雨の降いよっ所ば行きかかったぎぃ、

「ダダダダダー」て、音にしたちゅう。

酷う音んしたかと思って振り返って見たぎぃ、

その岩がやにわに崩れたて。

ありゃあ、命拾いをした。

爺さんの話、良か話じゃったあ、と思うて、

「エッサ、エッサ」で、先さい行きおったぎぃ、

また夕方になって雨降りゃ早(はよ)う日が暮れたて。

そいぎぃ、

向こん方に灯りが見ゆっもんじゃいけん、

(見エルモンダカラ)こけぇ泊まらんば仕方なかあ、と思うて、

「ごめんくださいませ」て、言うたぎぃ、

中に入(はい)ったぎぃ、

今度(こんだ)あ、前の爺さんとほんに似たごたっとの座っとんさって。

そうして、

爺さんの言うには、

「こけぇ、泊まっぎんとは話ば聞かんばらんぞう」て言うた。

「いいですよ」て、言うたら、

「私(わし)の話にはねぇ、税金がかかるが出しきっかあ」

て、この爺さんは言うたて。

「仕方んなかあ」ち言(ゅ)うて、そこに宿ば取ったぎぃ、

その爺さんの話は、

「急がば回れ。早(はや)旅するな。

はい、十両」ち言(ゅ)うたてじゃんもんねぇ。

ありゃあ、同じ手口やられたにゃあ、

と思うたいどん、仕方なかあ、と思って、

十両お金ばやって朝早くこの家(うち)を旅立ちんしゃったて。

そいぎぃ、

そこの側には舟があって、

この舟に乗っぎじきぃ、楽に家さにゃ着くようなことは、

チャーアンとこの男も知っとったけれども、

昨夜泊まったぎぃ、急がば回れ。早旅すんな、

ち言(ゅ)うとば、十両も取られたもんねぇ、と思って、

「舟は、もう出(ず)っぞう。

早(はよ)う乗らないと間に合わんぞう」ち言(ゅ)うて、

手招きして舟が呼びよったけども、

手ば横に振って、

「来ない、来ない。乗らん、乗らん」

て、こう合図をして、

テクテク、テクテク、そこを、沖どん眺めながら行きよったぎぃ、

一時(いーっとき)したぎぃ、

その舟は川ん中(なき)ゃプラーって、

引っ繰い返(がや)って沈みよっとの、我が行きよっ峠から見えたて。

そいぎぃ、

男は、あらっ、助かったにゃあ。

昨夜あの、泊まらんぎあの舟に乗ったはずじゃったあ。

良かったあ、二十両も無(の)うなったいどん、と思って、

十両大事に抱えて我が家(え)持って帰んしゃったて。

そうして、お嫁さんに今までんことを話しんしゃったぎぃ、

お嫁さんも、

「お金もさ、命あってのものだもん。

あなたさんが無事に帰って来たけん、こいよい良かことなかったあ。

あなたのおらん留守には、私も内職したお陰で十両溜めたよう」

言うて、

この二人は命の大切さをねぇ、

ほんにあの、二人話し合ったということよ。

そいばっきゃ。

[五一五 話千両(AT九一〇、九一〇A)(類話)]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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