嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

ある所にねぇ、

子供一(ひと)人(い)も持ちえん夫婦がおったてぇ。

そうして、

その家は貧乏も貧乏じゃったいどん、

馬ば一頭、もう子供ん可愛がいよったてじゃっもんねぇ。

あいどん、

貧乏でもうじき正月じゃっとこれぇ、

馬ないどん売らんぎぃ、正月もされーん。

米もなか、銭(ぜん)もなか、ちゅうごたっふうじゃったて。

「仕方なか。大事に可愛がっとったいどん、

馬ばし売らんばあ」ち言(ゅ)うて、

聟さんが馬ば引いて売りに行たて。

そうして、ズーッとその馬ば売って歩いて、

ようやくその馬の十五両に売れたてじゃっもんねぇ。

そいぎぃ、

十五両の有難(あいがた)かあ、

ぎゃしこ銭のできたけん良かったあ、と思うて、

その帰り道で占い屋ちゅう立て札のあったちゅうもん。

そいぎぃ、

男はそこへ寄って、

「私(わし)は今ば十五両で馬は売っての帰い道じゃいどん、

私の運ばいっちょ占ってくれないかあ」ち言(ゅ)うて、

占い屋に行って頼んでみたあて。

そいぎぃ、

占い屋が言うことには、

「美味(うま)か物ば食うぎ用心せよ」て、言うたてじゃっもんねぇ。

そうして、

「代金は五両じゃあ」ち言(ゅ)うて、取ってしもうたて。

「気色に高(たっ)かったにゃあ」

て、ブツブツ言うたぎぃ、

占い屋が言うことにゃ、

「五両は高(たっ)かと、言われん。

お前(まい)の一生のためなっぞう」

て、睨(にら)みつけたごと言うたてじゃんもん。

そいぎ

男は、

「えぇ、えぇ。そいで仕方なか。

もう、いい。まいっちょ思いきって、そいぎ聞いてみゅうかあ」

て、また聞いてみたぎぃ、

「急がば回れ」て。

「こいじゃ。今んとも五両」て、五両取られたて。

ありゃあ、残ったとはもう五両にいちなったあ。

しもうたあ、と思うて、テクテク、テクテク歩きよったぎ夜になった。

そいぎねぇ、

道端に一軒家のあった所(とけ)ぇ、

「泊めてくんさい」ち言(ゅ)うて、泊まったて。

ところがさい、

その家(うち)ではもう、お御馳走が出(ず)っごと出っごと、

沢山(よんにゅう)、思いもよらんご馳走にありついたちゅうもん。

そうして、

部屋の真ん中に夜(よ)さいになったぎ床ば敷いてあったて。

そいぎぃ、

「ああ、草臥れたあ」ち言(ゅ)うて、横になって寝とったぎぃ、

今日(きゅう)は十両も損したなあ、

と思うて、

あいどん、

あの占い屋が美味(うま)か物食うたぎ用心せろ、

ち言(ゅ)うたなあ。

高(たっ)かったなあ、と思いよったぎぃ、

こりゃ、待てよ。高(たこ)う銭ば出(じ)ゃあたけん、

今夜ウッカイご馳走になって、用心せんばらんにゃあ。

ぎゃん、布団は敷(し)いてあいどん、

この敷いてあったとば隅っこに引っ張って寝(に)ゅうだい、

と思って、

隅さい引っ張っていたて泊まったて。

そうしたところが、

夜中にその天井が、ドガーンて、落ちて来て、

その天井はねぇ、吊り天井じゃったて。

その男は、太か音んしたけん目覚めて、

ああ、命拾いした。五両で命を買(こ)うたあ、

と思うて、その物陰に隠れとったちゅう。

あったぎねぇ、

ドヤドヤドヤって、

盗賊どんがそこに四、五人も来てねぇ、

「あの男は、確かに銭(ぜん)ば持っとったとこれぇ、

おらんなあ。

何処(どこ)さんじゃいちい逃げたあ。早(はよ)う捜して来(く)っ」

ち言(ゅ)うて、

盗賊どんが、もう早う出かけたて。

そいから、ズーッと行きおったぎぃ、

表(おもて)に右に行く道と、左に行く道とあったて。

盗賊どもは、ゾロゾロやって、

「右じゃろう」ち言(ゅ)うて、駆けて行ったけん、

「私(わし)ゃ、左の道ば早う逃ぎゅう」

ち言(ゅ)うて、逃げて行たちゅうもんねぇ。

ところが、

左の道は坂道じゃったてぇ。

下ん方ば行くぎ平たか道じゃいどん、こっちゃ回い道で、

山道で登いにっかにゃあ、

と思うたけど。

あいどん、

ウッカイここさい行くぎ何事(にゃあごと)あっかわからん。

「急がば回れ」て、占いから聞いたもん、と思うてねぇ、

そこばズーッと遠回いじゃったいどん、

遠回いして行きおらしたちゅう。

そうしたところがねぇ、

見おっうちドーンと、音んしてねぇ、崖崩れのしてさ、

平道ん方さ、その崖崩れのあったて。

あいどん、

その馬売った男は、

良か塩梅(んびゃあ)そこば通い抜けとったけんねぇ、

あの、お陰災難から逃れとったちゅうもん。

お陰良かったにゃあ。命拾いをしたあ、良かったあ、

と思うて、自分の家(うち)に帰って来てみたぎねぇ、

おっ母(か)さんが、

「あんさん。良かったねぇ」て。

「これこれ、こういう目に合うたあ」ち言(ゅ)うて、

話(はに)ゃあたぎぃ、

「良かったあ、良かったあ。

無事に帰ってくいたけん、良かったあ。

もう命あってのものだねばい」ち言(ゅ)うて、

嫁さんの無事に帰って来たことば喜んだて。

命あってのものだねて。

「お金ば、また稼ぎましょう」て。

そいばあっきゃです。

[五一五 話千両(AT九一〇、九一〇A)(類話)]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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