嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

冬が長(なん)かったてぇ、寒か時の。

そいで、ようようして冬のすんで、

暖(あっ)たかにポカポカ御日様が出てきたちゅう。

そいぎぃ、穴籠(ぐも)いしとった熊さんも、狐さんも、

ソロウソロウ穴から出て来たちゅうもん。

狐は道端に昼のひん中に寝そべっとったちゅう。

そいぎぃ、

「何(なん)なあ。

わが体よいか長(なん)か尻っぽどマダライさせて」

て、魚売りさんの言わしたちゅう。

「そんくりゃあで人間どんが騙まさるっもんきゃあ(ネェ)」

て言うて、初めて魚売いさんの言わしたぎねぇ。

ほんなこて、そりゃ狐やったもんじゃっけん、

チンチロ舞(み)ゃあして逃げて行たちゅう。

ああ、良かったにゃあ、と思うて、

安心して売いぎゃ行かしたて。

そいからまた、四、五日してからんこと、

魚売いさんの通いおらしたぎぃ、

若(わっ)か姉ちゃんの側(そば)ゃあ寄って来ってじゃんもんねぇ、

きれいかとの。

そいぎぃ、

こりゃあ、たまらん。ほんにきれいかにゃあ、

て思(おめ)ぇよったいどん、

こいも狐に違(ちぎ)ゃあなか。

今、きゃあくい《接頭語的な用法》騙さるっぎ大事(ううごと)、

と思うたもんじゃ、魚売いさんの、

「何(なん)にゃあ。娘の顔(つら)どましといどん、

髭(ひげ)どまピンピン生(お)えて、そぎゃん娘はおらんぞう。

まっと上手に化けろう」て、こう啖呵(たんか)ば切ったちゅう。

そいぎねぇ、

狐はさ、魚屋に、

「お前さん、ほんに俺(おい)は、

お前さんに会うては、何時(いつ)ーでん見破らるっ。

お前さんは何(なん)がいちばん怖(えす)かとやあ」

て、聞いたちゅう。

そいぎ魚売いは、ジッと考えよったいどん、

「俺(おい)やあ、俺はさ、

千両箱がいちばん怖かたい。こいよい怖かとはなか」

て、言うたて。

そうしてすかさじぃ、

「お前(まい)さんなあ」て、聞いたぎぃ、

「いちばん怖すかとはねぇ、我がどま犬に決まっちょろうがあ。

犬の来(く)っぎぃ、食い殺さるっもん」

て、言うたいぇ。

そうして、もう言葉も言い終わらんうち、

ちんちろ舞(み)ゃあ(忙シサデ目ヲマワスコト)して、

山さい逃げて走(は)って行たちゅう。

そいぎねぇ、

ちょうどその明くる日じゃったあ、

魚売さんがねぇ、

魚どまもう何(なん)もなかごと今日(きゅう)は早(はよ)う売れた、

と思うて、酒どん一杯(いつぴゃあ)ひっかけて、

そうして帰って来(き)よらしたぎねぇ、

ほんなねぇ、峠の上ん方に太か石のあっとこにさい、

黒か箱のあってじゃっもん。

あらっ、と思うて、寄ってみたぎねぇ、千両箱やったてばーい。

そうして、開けてみたぎねぇ、

あったぎさ、

もう小判のいっぴゃあ詰まっとったて。

何処(どっ)から持って来たとやったいろうねぇ。

そいぎぃ、

こりゃあほんな物(もん)の千両箱ば貰うたにゃあ、

と魚売いは思うて、我が家(え)さにゃ帰らしたちゅう。

あったぎねぇ、

明くる日はねぇ、また千両箱どま置(え)ぇとんみゃあかにゃあ、

と思うて、また魚どん売ってしもうてから、

チョッチョラコッチョラ、

その峠に来(く)っとば楽しゅうで来よらしたて。

そん時にゃねぇ、

あいどんヒョーッとすっぎぃ、

狐の千両箱ば取り返しに来とっかわからんと思うて、

魚売いさんのそん時ゃ目(め)籠(ご)ん中(なき)ゃあねぇ、

担い籠ん中ゃあ犬(いん)ば入れとらしたちゅうもん。

あったぎねぇ、

ほんなこて狐の向こん方にチョロッと出て来たちゅうもん。

そいぎぃ、

担い目籠ん中から犬のそく(急ニ)と飛び出(じ)ゃあてねぇ、

狐めがけて行たちゅうもん。

そいから先ゃねぇ、

狐はその峠には出んじゃったいどん、

その魚売いさんな狐に貰うた千両箱で

一遍に分限者になんしゃったてばい。

チャンチャン。

[四七一 何が怖い(cf.AT五六六、一〇〇二)(類話)]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

標準語版 TOPへ