嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 今度(こんだ)あ、むかーしむかしの話ですよう。

むかーしむかしねぇ。

恐ーろしか瓜作りのねぇ、名人のおってぇ。

その人の瓜は毎年毎年、

畑にいっぱいゴロゴロすっごと生(な)いよったて。

ところがねぇ、

もう瓜の生ったとば片っ端から泥棒か、

誰(だい)じゃいおっ盗(と)いよったちゅうもん。

ああ、こりゃもう、ちぎり時ねぇ、と印をつけとっぎぃ、

もうそいが早(はよ)う盗られおったて。

もう、ひっちぎっちゃったて。

誰(だい)がちぎぃよっとじゃろうか。

誰が盗みよっとじゃろうかにゃあ、と思うて、

ジーッとその男が見おったぎねぇ、

小(こま)ーかとのスルスルスルって、来って。

たった一(ひと)人(い)でちぎって

はって行くちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

「こりゃー」ち言(ゅ)うて、追っかけて行たて。

そいぎもう、

逃げ足の早かこと早かいどん、

もう、命がけでその、追っかけて行たぎ初めてつかまった。

「こりゃ。お前(まい)が、

全部(しっきゃ)あ、

瓜のでくったんびにひっ(接頭語的な用法)ちぎってしもうて困っ」

て叱ると、

「すんません」て言うて。

そうして、

味噌んごたっ袋ば、ペヒーッと下(さ)げて、

「こいばその、お詫びに差し上げます」

て、言うたてやんもんねぇ。

「そぎゃん、味噌のごたっ小(こま)か袋はいらん」

て、言うたら、

「こりゃあ、不思議な袋であなた

この袋ばこう、覗いてみっぎぃ、

『あら、大阪が見ゆっ。道頓堀が見ゆっ』

て言うごと、恐ーろしか何処(どこ)でん

行きたか所(とこ)の見ゆっとですよ」て、言うたて。

「そうやあ、どらっ」て言うて、

こうして見んしゃったぎぃ、

本当に道頓堀に沢山(よんにゅう)人間のゾロゾロ寄って

行ったり来たりしているとの見えおっち。

「天の橋立」て、言うたぎぃ、

恐ーろしかあの松の木のこうー生(お)えとっ所の見えたて。

「あらっ。そいぎぃ、こいばくるんないば、堪忍しゅうだあ。

あいどん、

余(あんま)いひっちぎんなやあ」

て言うて、別れんさったて。

そいぎぃ、その男は納戸の隅の方に、

我が寂しか時ゃあ、こいばジーッと覗いて、

大阪ば見たい、名古屋ば見たいしゅうで思うて、

置(え)ぇとんしゃったて。

そして、

翌日もう、畑に仕事しぎゃ行きんしゃったぎぃ、

その日、

嫁さんの自分の家(うち)で味噌搗きおんしゃったて。

「味噌ば無(の)うなったけん、味噌搗(ち)いとかんばあ」て。

ところが、

余(あんま)い沢山(よんにゅう)味噌搗いたもんだから、

何時(いつ)も入るっとの足らじぃ、

まあーだ袋ば見つけんばらんじゃったぎぃ、

納戸ばこう見よったぎぃ、

見知らん袋の黒かとの下っとったあ。

あらっ、

こりゃ味噌袋に良か塩梅(んびゃあ)、

と思うて、

それ味噌ば詰めんしゃった。

そいぎぃ、

その男は一時(いっとき)ゃ忘れとったいどん、

雨のドンドンやって降る日に、

今日どまあの袋ば覗いてみゅう、

と思うて、置いた納戸ば見んさったけど、

袋がなかちゅうもんねぇ。

そいぎ嫁さんに、

「これ、これー。お前(まい)、こけぇ下げとった袋、知らんかあ」

て、聞いたら、

「なーい(ハーイ)。

そりゃあ、その袋には味噌ば詰めといよう。

詰めたばかいしとっ」

「いや。冗談(ぞうたん)のごと、

これは大事な袋じゃったとこれぇ」

「そぎゃん大事な袋ないば

箪笥(たんす)の引き出しに入れとかんけん。

箪笥の中(なき)ゃあどめ

シッカイ入れとってが良かったあ。

そいどん汚か袋やったあ」

て、嫁さんは言わしたちゅう。

「宝物じゃったあ」て。

嫁さんは、

「そいぎ洗うて返しましょうでぇ」

て言うて、きれーに洗うて、

「はい。どうぞ」て言うて、やったら、

今度(こんだ)あ男が、こうしてかけて、

「大阪ば見たかにゃあ」て、言うたけれど、

もう大阪の道頓堀も何(なーん)も見えじぃ、

その味噌ば詰めたあとをきれいに洗うたもんだから、

ヒョッとその魔法が溶けてしもうて、

瓜盗人に来おったとは、川そうじゃったちゅうもんねぇ。

その河童のくれた味噌袋んごとおろいか小さな袋の、

その効能が何(なーい)もなかごと

効き目の無(の)うなってしもうとったてぇ。

そいで、

それきっり大阪も見えんば、

天の橋立もとうとう見えんごとちいなった、ちゅう。

そいばっきゃ。

[四六八 隠れ蓑笠(AT五六六、cf.AT一〇〇二)(類話)]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

標準語版 TOPへ