嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

むかーしむかしねぇ。

お宮さんに椎の木の太ーかとのあったちゅうもん。

そけぇは、昔から天狗さんが来(き)おんしゃったちゅう。

そうして、

そのお宮さんの、トントントンて下(くだ)ったい、

坂ん下には百姓家があったちゅうもんねぇ。

そうしてちぃったあ、お馬鹿さんの息子がさ、

お母さんと二(ふた)人(い)その百姓家で暮らしおったて。

そいぎぃ、

ある日のこと天狗さんが、その椎の木に来て、

その家ばヒョイと見おんさったぎぃ、

そのうすぬろの息子が庭で破れ笊(そうけ)ばこう、

ひっ(接頭語的な用法)返(が)えたいなんたいして、

右を見たい左を見たいしおっちゅうもん。

しきりに見ちゃあ、破れ笊ば覗いちゃ

ニャーニャー笑いおんもんねぇ。

ほんに天狗さんな不思議思(おめ)ぇんしゃったて。

何時(いつ)まっでん、飽きもせじ見おんにゃあ、

何日でん座って見おっ。

同(おな)しことをして見おんにゃあ、

と思ぇんしゃったて。

そいで

天狗さんは椎の木から降りて来て、

「オイ、オイ。お前はそがん熱心に何(なん)ば見おっかねぇ」

て、聞きんしゃったぎぃ、

「ワー、珍しか。チョッとようしとんさい。面白かとばあっかい」

て言う。

そいぎぃ、

天狗さんは不思議かにゃあ、てほんに思うて。

「どら、私(わし)にも貸して見せんさい」

て、言んしゃったぎぃ、

「いんにゃあ。お前(まり)、

ぎゃん良かとば貸されん。簡単にそぎゃん人には貸されんとばい」

て、その馬鹿息子が言うて。

そがん言わるっぎぃ、

言わるっほど天狗さんは借って見たかちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

天狗さんは、

「何処(どこ)がそいぎ見ゆっとう」て、

とうとうしびれをきらして聞きんさっぎぃ、

「ありゃあ、今のう大阪の見ゆっ。

道頓掘の恐ろしゅう賑(にぎ)あいよっ。

ありゃあ、今のう五条の橋やった。

京都ばいにゃあ」て言うて、

その男が言うちゅうもん。

そいぎぃ、

天狗さんはいよいよ欲しゅうしてたまらんごとなって、

「お前(まり)ゃあ、何(なん)とないとんそいば換ゆっやあ」

て、言い出しんさったもんじゃあ、その男は、

「俺(おい)もあんたの隠れ蓑とないば換ゆうだい」

て、言い出(じ)ゃあたて。

そいぎ天狗さんは、

「良か、良か」て言うて、承知して、

「隠れ蓑と、そいぎ換ゆうだい。

一時(いーっとき)、そがん面白かとない、

その破れ笊(そうけ)と換ゆうだい。

良かない(ヨケレバ)」

て言うて、破れ笊と隠れ蓑と、

とうとうちぃ(接頭語的な用法、ツイ)換えんしゃったちゅう。

そうして、

破れ笊ば持って、山さん帰ってユックイ眺めて、

大阪ない京都ない見て楽しもうと思うて、

山さん帰って行きんさったちゅう。

そうして、

あくる日は、早(はよ)うから、

朝から破れ笊を出(じ)ゃあて、

一日中、引っ繰り返えたい、

表(おもて)さんにゃあたい、西さいにゃあたいして

見んさったばってん、何(なーい)も見えんちゅうもんねぇ。

ほーんに騙されたことにむしゃくしゃしんさったて。

あいに聞きおったぎぃ、あん男、

ぼた餅がいちばん怖(えす)か、て言うたにゃあ。

そいぎぃ、

ぼた餅ば沢山(よんにゅう)作って、

「こん畜生、こん畜生」ち言(ゅ)うて、

あの男に投げつけてくりゅう、と思うて、

ぼた餅ばいっぱい抱えて、

あのおっ母(か)さんと、男の家(うち)の窓から

ぼた餅ば天狗さんの投げつけんしゃったて。

そいぎ中で、

あの息子が、

「ほら来た。また来た。また来た」ち言(ゅ)うて、

拾いおっちゅうもん。

そうして、

「クックックッ」言うて、ちぃっと苦しかごと笑いおったちゅう。

こりゃあ、

天狗さんがうすのろの息子に、いっぱい食わされんさった話よ。

そいばあっきゃ。

[四六八 隠れ蓑笠(AT五六六、cf.AT一〇〇二)、四七一 何が怖い(cf.AT五六六、一〇〇二)(類話)]複合

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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