嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 佐留志(佐賀県杵島郡江北町)ていう所(とこ)からねぇ、

昔の入れ薬屋さんじゃなしぃ、

薬屋さんの太ーか広かー大風呂敷にいっぱい薬ばいろいろ、

目薬でん、腹薬でん、頭痛の薬でん、膏薬(こうやく)でん、

いっぱい背負って、安兵衛さんちゅうて、

あすこの村、ここの村、

何処(どこ)ーでん売って歩(さる)きよんさったちゅうもん。

あいどん、

いっちょ悪かことにゃ、安兵衛さんな薬(ぐすい)は売らじぃ、

祭文語いの声の

ごろちいた(寂ノアル)声ば持っとんしゃったもんじゃい、

祭文語いに熱中して

何処(どこ)ーでん上い口腰かけて、

まーず始まったーちゅうこと、

祭文ば長々語いなっちゅう。

もう我が薬売いはそっちのけで、

祭文語いの免状ばし取ろうで、

安兵衛さん思うとんしゃったいろう。

あいどん、

「安兵衛さんの語んしゃっ祭文は、

ほんに面白かったもんねぇ。

ほんーに聞き飽(あ)かんじゃったよう」

て、誰(だい)ーでん言いよったちゅう。

ところが、

「今頃、安兵衛さんはいっちょん見えやらんねぇ。

何処でん回って歩(さり)よっやろうかあ」

て言うて、

やっぱい祭文語いさんば待っとったて。

「ほんなことさい、

安兵衛さんな、ヒョロッてどん来(き)なれんねぇ。

去年、来ないたばかいで、

そいから先はいっちょん来といなれんばーい」

て、誰(だい)ーでん言うたと。

そいぎそのうち、佐留志ん人達の何(なん)じゃいろう、

お初(はつ)いしたい、

用事に来(き)たいすっ人達に話ば聞くぎぃ、

「安兵衛さんな、チョッとした風邪が原因(もと)で

死んござったばーい」て。

「あぎゃん薬ば持っとって、

薬ば早(はよ)う飲うで治(ゆ)うなすぎ良かったとこれぇ、

死んないたてやあ。

あいば、もう、あの、祭文は聞かれんねぇ。

祭文語いさんは来(き)なれんたい。来なれんとたーい」

て、皆があきらめとったて。

そいぎぃ、

安兵衛さんは死にんしやったちゅう。

そいぎいねぇ、

安兵衛さんな閻魔大王に突き出されてさい、

「お前(まり)ゃあ、

人ばきゃあくい(接頭語的な用法)騙(だみ)ゃあて

薬ば売りおった者(もん)やろう。

そうして、

お前ゃあ、丸儲(もう)けどんしおったっちゅうじゃなっかあ」

ち言(ゅ)うて、閻魔さんの前に突き出されさいたちゅう。

そいぎぃ、

閻魔さんの言いんさるには、

「お前(まり)ゃあ、娑(しゃ)婆(ば)では何(なん)ばしおったか。

職業は何じゃったか」

て、また聞きんしゃったて。

そいぎぃ、安兵衛さんな、

「ない(ハイ)。私ゃ、祭文語いでございました」

て、言うたぎぃ、閻魔さんな、

「そいの、『祭文語い』て言うとは、何かーあ」

て、聞きんしゃったて。

「私(あたし)の祭文は、何(なーい)も外題はなかいどん、

世の中のあることなかことば、

皆さんに面白おかしゅうこの喉(のど)いっちょで聞かせて、

世の中を渡って来ました」

て言うた。

そいぎぃ、

「そぎゃん面白かとば、お前(まり)ゃ知っとっとかあ」て、

閻魔さんの言んしゃった。

「そりゃあー、誰(だい)でん

『面白なか』ち言(ゅ)うた者(もん)な半分でんなかったあ」て。

「全部(しっきゃ)あどめゃあ、

『お前(まい)のあぎゃんとはもう、江戸の祭文よいきゃ良か』

て、言う者(もん)ばかいやったあ」て、

我がことば、我が褒めんしゃったてぇ。

娑婆では悪かことする者の多(う)うして、

「地獄に行く者(もん)の『ワンワン』言うて、

余(あんま)い地獄に行く者の多(う)うして

喧(やかま)しゅうしてたまらん」て。

「いっちょ気晴らしあいば、

その祭文とやらば語って、あの、くれんかあ」

て、閻魔さんが言いんしゃったて。

「そうねぇ。

あいどん、ぎゃーん下ん方におっては語られん。

私ゃ何時(いつ)でん上座に据(すえ)られて語いおったもーん」

て、安兵衛さんが言うたら、

「ほんなこてや」て、閻魔さんの言う。

そいぎぃ、

安兵衛さんは、

「ほんなこと。声も出さんば、筋道も忘るっ」

て。閻魔さんが、

「そいぎぃ、どぎゃんすっぎ良っか」て、聞いたもんで、

安兵衛さんは元気を出してさ、

「閻魔さん、あんたがこけぇ来て、

あんたの着(き)物(もん)ば私が借って、あんたと代わぎぃ、

私がえぇとこ語って聞かすっ」て、こう言うたもんだから、

閻魔様がそれまんまと乗せられて、

「そうか。

そいぎ私(わし)の着物と君んとと換(か)ゆっぎ語って聞かすっかあ」

て言うて、

着物も着替えて冠も閻魔さんとば被って、

上段の閻魔さんの座席に安兵衛さんは着いたちゅう。

そいぎぃ、

バタッて、扇子で打って、

「むかしむかし、あったて」

言うて、語り始めた。

(さて、バタッて扇子打って、語ったていうですもんねぇ。)

そいが、なかなかしおらしゅうして、上手じゃった。

(お婆ちゃんのごとったとよねぇ。)

そうして、語いよったら、

閻魔さんがもう、

何(なん)でんかんでんうっ(接頭語的な用法)忘れて、

後から亡者どんが来っとでんうっ忘れてその、

「なるほど。ウン、それから娑婆はいい所だなあ」

て、聞きおんしゃった。

そうして、長々と語った揚句、

「そいぎ代わろうかあ」

て、言うたら、

「いや。まあーいっちょここに言わんばことあっ。

あの、引導を渡す」

て言うて、閻魔さんに扇子ば向けて、

「これ、その髭(ひげ)もくじゃあ、地獄へ行けぇ。

鬼どん引っ張って地獄へ連れて行け」

て、言うたて。

そいぎぃ、青鬼、赤鬼、四、五匹もやって来て、

「いんにゃあ。私(わし)ゃあ、閻魔さんだ」

と言うけど、

「着物から何(なん)から見て、閻魔さんなそけぇ座っといござっ」

て言うて、

「全部(しっきゃ)あどめに押したてられて

閻魔さんな地獄の釜ん中(なき)ゃあ入れられてしもうた。

気味ん良かったあーて、安兵衛さんな思うたと。

そうして、

亡者達のその後ん方に沢山(よんにゅう)仕えておった。

そいぎぃ、

「あんた達ゃ何処(どっ)からねぇ」

て聞いたら、ある者な、

「あんたは地獄行き。次」

「次ん者は」

「私ねぇ。私は出身は佐留志よ」

て、言うたら、

「佐留志ん者は、良か良か。調べじ良かけん。極楽行き」て。

そうして、

地獄に二、三人どんはやったいどま、

後ん者(もん)な今度(こんだ)あ、

「『佐留志』ち言(ゅ)うぎぃ、極楽に行かすとばーい」

て言うて、

「私も佐留志でございます。私も佐留志で死にました。

もとは佐留志の者じゃったです」

て、言う者ばっかいやったて。

そいぎぃ、

安兵衛さんな、閻魔さんの席で言うことにゃ、

「私ゃ、『薬買(こ)うてくいろ』て言わんどん、

『祭文の代わり、薬(くすい)ないどん買(か)わじゃあ』

ち言(ゅ)うて、あすこでもここでも、

『ああ、目薬(めぐすい)ばくいござい。まあ、膏薬ばくいござい』

ち言(ゅ)うて、

全部(しっきゃ)あから助けられてお世話になったもんのまーい。

佐留志ん者(もん)には、ほんにーお世話(せや)にないましたけん、

何(なん)で地獄にやらりゅう。

私の恩返しの印(しるし)に、佐留志ん者はどがんこってん、

極楽行きに決めました」

て言うて、

この安兵衛さんの閻魔さんは、

佐留志ん者は皆極楽に行かせたゃちゅうよう。

死んでからまた恩ば忘れじぃ恩返しばんさいたちゅう。

そいばあっきゃ。

[四四二 閻魔の失敗(類話)]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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