嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 こりゃ他所(よそ)の婆ちゃん、

おクマ婆ちゃんちゅうてね、

柿の恐ろしゅう生(な)った時のあって。

二、三年前、こっちも柿が生りましたねぇ。

もう、柿が何時(いつ)になかごといっぱい生った。

その年も昔、柿が、柿の木は多かったです、田舎は。

昔はおやつだったから。

もう、そいから年取っ時も、十一月にねぇ。

柿も随分少なくなりました。

そいでねぇ、

おクマ婆ちゃんな柿の木に生った、

木登りの上手で、その辺(へん)に長(なご)う生っとったてばい。

そいぎもう、

「あらー、あすこにも生っとっ。ここにも生っとっ。

柿の熟れたての美味(おい)しそうなんだから、

ちぎりおったらねぇ、

もう柿の木の随分上まで、高い木まで登って行って、

柿の木のボキーッて折れて、

下の方の畑に婆ちゃんが落ちたらね、

我がはきゃあまぐれた(気絶シタ)もん、

と思うて、

ズーッとテクテクテクもう、

あの世さん歩いて行きよったらね、

真っ黒か衣着た太ーか大男が、

「これこれ、婆ちゃん。お前(まい)は何処(どっ)から来たかあ」

て、そがん言うてから、

「ない、ない(はい、はい)。私(わたし)は名なしの村から来ました」

(村は「ない」ちゅうことは、昔の者な知らんじゃったて。)

「お前(まい)の名前は何(なん)て言うか」

「私(わし)の名前は、皆から『クマ婆ちゃん』と、言われています」

「そいぎぃ、年は幾らか」

「さあー、私(わたし)は幾らないどん知りません」て。

「何(なん)でもお前(まい)は、知らぬずくめではとおっぞ」

て言うて、青鬼・赤鬼に、

「あの、お寺に行って、婆ちゃんの過去帳を調べてこい」

て。

そいぎ

青鬼なんか、

「へい」ち言(ゅ)うて、行った。

そうして、スーッて隣の部屋を開けたら、

隣は花がいっーぱいもう、桃色の花やら赤い花やら、

もういっーぱいきれいに咲いとったから、

「ほうー、ここは春の来とうー。

私(わし)ゃ、柿をちぎいおったとが、秋と思うとったら、

ここは春だなあ」

ち言(ゅ)うて、花ば見て歩きおったらねぇ、

道端に真っ黒か目ん玉のごたっとの、いっぱいついとっ。

あら、ここは田螺(たにし)のぎゃん沢山(よんにゅう)取っちぇあ。

ここはやっぱい花どまあっけん、春ばいなあ」

て言(い)うて、見て通った。

そいぎぃ、

また少し行たら、もう椎茸(しいたけ)がいっぱいこずんであって。

もう積んであって。

「あらー。椎茸の柔らかいのを、

ここで食べたら美味(うま)かろうなあ」

て、婆ちゃん手に取って触ってみた。

そしたら

閻魔さんの、

「これ、クマ婆(ばばあ)。何処(どけ)ぇ行たかあ」

て、言うたぎぃ、

「ない、ない。こちらでござんす」て、言うたぎぃ、

「お前(まり)ゃ、そこに行くことなん。そこは極楽じゃあ」

て言うて、呼び戻されて帰って来たぎぃ、

ちょうどそこには青鬼・赤鬼が、

「閻魔さん、過去帳は幾ら調べても、

クマさんて言う婆の名前はなかった」

「そいぎぃ、おかしいなあ。

そいぎぃ、

クマ婆(ばばあ)、お前(まり)ゃあ、まあーだ

死人の帳面に入(い)っとらん。

もう娑婆さい逆戻りだあ」

て、言うたら、

「極楽ちゅう所は結構な所ですなあ。

田螺もいっぱいあって、

あれは亡者に食べさすっとですかあ。

椎茸どま、いっぱいあったあ」

て言うた。

「冗談(じょうたん)に言うな。

あれは田螺じゃない。人間の目ん玉だ。

きれいかとばあーかい眺めて、そうして自分は、

もう汚かことばあっかいすっけん。

そいから、あの、椎茸も同(おんな)しこと。

お寺詣(みゃ)あいすっぎぃ、

南無(なあ)阿弥(まい)陀仏(だあ)、南無阿弥陀仏、

有難いこと、有難いこと。

和尚さんな話どま良か話ばあーっかい耳に聞いて、

帰りは人の良か下駄と、人の良か草履どんつっかけて、

間違えた振いして、

ちぃ帰っごた者が多(うう)か」て。

「そいぎ体は全部(しっきゃ)あ地獄行き。

そいで耳だけが極楽の来とるんじゃあ」て言うて。

「へぇ」て言うて。

「極楽とはなあ」て言うて、婆ちゃんは、

娑婆さん帰って来らしたちゅう、て言う話。

チャンチャン。

[四四二 閻魔の失敗(類話)]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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