嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

お寺の和尚さんがねぇ、

セッセセッセと金を溜(た)めおんさったてぇ。

ところが、

村は恐ろしゅう貧乏で役人が税金の取り立てぎゃ来(く)っぎぃ、

その年貢を納められん者(もん)が多かったちゅうもんねぇ。

そいぎ

若(わっ)か者(もん)が、

「お寺の和尚さんな金持ちじゃっけん、

和尚さんから金ば借りて来(く)っ」

て、言うことになって、

和尚さんに借いぎゃ行きんしゃったて。

そいぎ

若(わっ)か者(もん)どんが、

「和尚さん。お金ば貸(き)ゃあてくんさい」

て、言うたぎぃ、

和尚さんな、

「いんにゃ。俺(おり)ゃあ、俺(おい)が銭(ぜに)な貸されん」

て言うて、誰(だれ)ーにも貸しござらんじゃった。

そいぎ

若か者どんが、

「確か、和尚さんに女のおっとばーい。

毎晩、和尚さんな博打も打ちぎゃ行きおらす」

言うて、根も葉もない噂ば立ててしもうたて。

そいぎがもう、

村中にじき噂のいき渡って、

和尚さんの耳にも入(い)ったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

和尚さんな恐ろしゅう歯痒(はがい)しゃして、

仏間に入(はい)ってジーッと考えとんさって。

そうして、

まあ、歯痒かとば我慢して暮らして三年も経ったちゅう。

そうして、

和尚さんな村ん者(もん)ば招待しんさったて。

「ご馳走ば振舞うけん、来てくんさあーい」

て言うて、言んさったて。

そいぎぃ、

噂をしょった若か者どんも、

振舞(ふんみゃ)あに来たちゅうもんねぇ。

そうして、

そのご馳走が終わった時、和尚さんな、

「これ、これ。若か者どん、チョッと待てぇ」

と言うて、若か者どんが帰かけよったとば引き留めんさったて。

そうして、

我が家の土蔵さい連れて行たて、

今まで溜めとった銭(ぜん)箱ば持ち出(じ)ゃあて来て、

庭にドンドン、ドンドン、火を焚きつけた。

そこへ、

その箱ば引っ繰り返して、

その銭(ぜん)箱も若か者どんが見ておる前で、こぼしんさったて。

「こいで、お前(まい)達、よう見てくいただろうだい」

と言うて、

和尚さんはもう顔は見られんごと怒った顔をして言んさったて。

そうして、

和尚さんまでその火の燃よっ所(とけ)ぇ、

我が体ば投げてとうとう死んでしみゃあさったて。

そいから先ゃ、

そのお寺に誰(だーい)も住む人のなかったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

京都から恐ろしか偉いお坊さんがやって来て、

そのお寺を継いで住まわれたて。

そうしたある日、

客殿に恐ろしか太か物音のすんもんじゃいけん、

何(なん)じゃろうかあ、と思うて、行たてみんしゃったぎぃ、

大蛇が柱に巻き付(ち)いとったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

偉いお坊さんじゃったけん、

「お前(まい)は、何(なん)しに来たのかあ」て、言んさったぎぃ、

何時(いつ)の間(ま)にじゃい消えて無(の)うなったて。

そうして、隅ば見てみんさっぎぃ、

おろいか(良クナイ)ぼろ着(き)物(もん)を着た

一(ひと)人(い)の和尚さんが、

「私は、ズーッと前にいたここの住職です。

私は、我が檀家の者の若か者達のために恥ずかしめられて、

そうしてそのまま死んだ。

その恨みをさらしたか。

そいけん、

あの若か者の死んだ時には引導は決して渡さんでください」

ち言(ゅ)うて、

京都から来た和尚さんにしきりに頼みんさって。

手を合わせて頼み終わったか、

と思うぎぃ、

何時(いつ)の間(ま)にじゃい消えておんしゃらんじゃったて。

その後、

和尚さんの噂を触れちらかしよった若か者どんが、

一(ひと)人(い)死んだ葬式の時に、恐

ろしか空の晴れとったいどん、急に曇って雷の鳴って、

そうして棺桶の上に雷が落ちたちゅうもんねぇ。

そうして、死んだ体もなかごとなって、

雷さんの持って行たて。

ところが、

四、五日経ってから、

その男の首が一里も先の畑の中に、

そうして足どま川の竹藪(たけやぶ)の中に落ちとったて。

そいけん、

根も葉もない噂などは決して立ててはいかん。

「あぎゃなことん葬式ん時、

雷さんの酷う鳴なったとは初めてじゃったばい。

あぎゃん、和尚さんには罪のなかことば言われては、

きっかったろう」

て、全部(しっきゃ)あ人の言うて、

「ほんなことじゃなか噂どん言うこんないばい」て、

「酷か罰の当たった」ち言(ゅ)うて、

孫子の末まで言うて聞かせたちゅう。

そいばあっきゃ。

[四二五 御幣担き(類話)]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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