嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

恐ろしかあわてん坊のおったちゅう。自分もあわてん坊て思うたけんねぇ。お金ば今日は氏神さんのお祭いじゃっけん、誰(だい)ーでん、お参りしんしゃっけん、私(あたい)も参(みゃ)あろう。そいどん、私ゃあわてん坊じゃっけん、このお金のお小遣いを貰(もろ)うたとば、いっちょに入れっとっぎぃ、全部(しっきゃ)あどめ、あの、ばらまくぎ良(ゆ)うなかけん、お賽銭(さんせん)あぐっとはいっちょ別に一銭入れて、あとは全部あ別に入れとこう、と思うて、懐にそいを入れて、氏神さんに出かけたそう。氏神さんは旗どん立てて、恐ーろしか店どま沢(よん)山(にゅう)並(なら)うで、余計人もきれいか着(き)物(もん)きて参あよんしゃったて。

そいぎねぇ、そがんあって、ああ、氏神さんにまず参あらんば、と思うて、チャラーンて、お金ば入れたぎぃ、ジャラジャラジャランて、いうたけん、「ありゃ」て、懐ば見てみたぎぃ、お金は沢山(よんにゅう)入れとった方ばちい上げて、たった一銭のお賽銭の残ったちゅう。お賽銭箱にはとっとかんばらんお金ば全部あちい上げたありゃあ、しもうたあ、と思うて、帰って来(き)おったぎぃ、あらっ、饅頭屋のあったいどん、たった一銭しきゃあ持たん。困ったねぇ、と思うて、

「一銭すったあ、何(なん)じゃいあろうかあ」て、お店に聞いたぎぃ、

「この饅頭は、一銭饅頭ようー」

「そいぎぃ、それを一つください」て、言んしゃったぎぃ、

「はーい」て、奥さい行て包んでやろうでしおんさったぎぃ、表(おもて)の看板に太か饅頭の一銭て、書いてあった。そいぎぃ、

「どうせ一銭ない、こいがまし」て、その看板のとばヒョロッと、ひっつかんで懐に入れて帰おんしゃったち。

そいぎぃ、余(あんま)い急(いせ)ぇで帰おんしゃったもんじゃい、そけぇおんしゃった女のおばさんにズーンと、つき当たったもんじゃい、おばさんな、

「このあわて者(もん)があ」て、腹かきんしゃったて。そいぎぃ、じき家(うち)の近くに誰(だい)じゃいろう、同じごたっ女(おなご)のおんしゃったけん、

「ほんに、すいませんでしたあ」ち言(ゅ)うて、丁寧に頭を下げてお詫びを言んさったぎぃ、その人は我がお母さんじゃったて。つき当たった人はお隣(とない)のおばっちゃんやったて。

そうして、いよいよあの饅頭ないとん食びゅうかあ、と思うて、懐から出して、ガブッて、食(き)いんさったぎぃ、そいは泥(どろ)で作った看板の泥饅頭じゃったてぇ。

ほんに自分ながらなんて、ぎゃんあわてん坊に生まれたろうかあ、と思うて、嘆きんしゃったて。

チョッと、あわてん坊の酷かったねぇ。

そいばあっきゃ。

〔四〇五A 粗忽相兵衛(類話)、四〇五B 餅の看板の複合〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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