嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしねぇ。

村に大きなお百姓さんがおって、下男が沢山おったてじゃんもんねぇ。ところが、この一(ひと)人(い)の下男は、どぎゃん辛か仕事でんが、いっちょん嫌な顔を見せたごとなし、陰日向なく良(ゆ)う働きよったてぇ。そうして、もう二年も働きよったいどん、主人はさ、一銭でんくれんてじゃんもん。恐ろしゅうけちん坊じゃったて。そいでもう、その下男はねぇ、こりゃあ、もう、ここいらでお暇を取らんば、て思(おめ)ぇおったちゅう。

そいけんねぇ、ある日のこと、その下男は、

「檀那様、私(あたし)はこちらへ来てから二年にもなりますが、まだ一度でん働き賃を貰っておりません」て、こう言ったて。そいぎぃ、主人もチャアーンと覚えとったとみえて、

「そうだったなあ。よし、よし、やるよ。本当にお前(まい)は良く働いてくれた。前から働き賃をやらんば、やらんば、と思うてはおったんだよ。そいぎねぇ、一年に一文の割りで二文だ。シッカイ受け取ってくれや」ち言(ゅ)うて、一文銭ば二枚くれたばかいじゃったて。

そいぎぃ、その下男も生まれて初めてお金ていう物ば手にしたもんじゃっけん、恐ろしゅう嬉しがって、二文持っとっぎ何処(どこ)さいでん行たて、良か見物のでくっばいにゃあ、て思うて、主人に、

「一時(いっとき)ばかい見物に出かけます」ち言(ゅ)うて、お暇を貰うたて。

そうして、その下男は嬉しくていい気持ちになって、口笛どん吹き吹き、足の向くまま出かけよったちゅうもんねぇ。あったぎ途中で人に合うて、そん人が、

「もし、もし。あなた本当に楽しそうですねぇ」て言うて、道端に腰掛けとったお婆さんが言んしゃったちゅうもん。

見てみたぎもう、年も大抵(たいちぇ)取っとんしゃっごたるお婆さんで、ションボリしとんしゃって。ヨレヨレのおろいか着物(きもん)ば着とんしゃって。そいで、そのお婆さんが言んしゃっには、

「私ゃ、こぎゃんもう、年取ってしもうて、一生貧乏ばあっかいしてお金など一文も持たんとですよ」て言うて、話しんしゃったて。そいぎ下男は、

「そりゃあ、気の毒かっねぇ。ほら、私は二年働いたけん、二文も檀那さんから貰(もろ)うたですよ」ち言(ゅ)うて、お金を見せたて。そいぎぃ、お婆さんは、

「若(わっ)か者(もん)はいいねぇ。私ゃ、ぎゃん年寄いになってしもうて、働くにも働けんごとなってしもうたよう」て、いよいよションボリすってじゃんもん。そいぎぃ、その下男は可愛そうになってきたて。

「可愛そうかにゃあ」ち言(ゅ)うて。そうして、

「よし、お婆さん。このお金はあんたに上げるよ。私(わし)はまあーだ若いから、こいから先ゃ、幾らでん働かるっ」ち言(ゅ)うて、お婆さんに貰うてきたばっかいの二文のお金をやってしもうたて。そいぎお婆さんは、

「有難うございます。有難う。あなたの二年も働いたお金ばソックリ貰うなんて、罰(ばち)が当たるごとあるけど、本当に戴いていいんですかい」て言うて、「あなたの温かいお心に私ゃ何(なん)を差し上げたらいいでしょうかあ」て言うて、もうしきりにお礼を言うて。そいぎぃ、その男が言うには、

「いいです。何(なーん)もあなたのそのぼろの太鼓はいらんぎぃ、そいでもくださればいいですよ」て、言うたら、

「こんなおん(接頭語的な用法)ぼろ太鼓で良かったら、さあさあ、どうぞ貰ってください」て言うて、おんぼろ太鼓ばくれたて、お婆さんが。そいぎ下男は、

「太鼓は打つぎぃ、元気出すもんねぇ。有難く戴きます」ち言(ゅ)うて、また反対(はんたり)ぃ、その下男がお婆さんに御辞儀ば、お礼ば言うて別れたて、二(ふた)人(い)は。

そうして、下男はドンドン、ドンドン、坂道ば歩いて行きよったぎぃ、もう、山んごと荷物ば積んだ車が、坂ば登い得じ、もう、うっ(接頭語的な用法)止まっとったちゅうもんねぇ。そうして、一(ひと)人(い)の商人が、その荷車を持っとった商人が、ほんに困ったふうで汗をタラタラ流しとったて。そけぇ下男は具合よう来たもんじゃっけん、

「おい、おい。お前さん、この荷車ばいっちょ後押しばしてくれんかあ。この坂を登らんことにゃ、私ゃ大事な用事ばすますことができん。お礼には必ず一両はやるよう。大事な物(もん)を運んでいるから、いっちょ頼みます」て、その商人が言うちゅうもん。

下男は、いいですともて、頼まれじも、あの、後押しぐりゃあしゅうで思うとったもんだから、力一杯後押しをしてやったら、難なく荷車はスルスルスルって、楽に坂を登ってしもうたて。そいぎ商人がねぇ、坂を登ってしもうて、もう下り坂じゃんもんじゃい、ホッとして、

「こぎゃーん易(やさ)しかことで一両も余(あんま)い高(たっ)かよう。負けときんさい」て、言い出(じ)ゃあたてぇ。あいどん下男な、

「約束したもん。あんた、『一両でんやる』て、あなたが言い出(じ)ゃあて、約束したろうがあ」て、言うたもんゃん。しぶしぶ一両の金をやったい取ったい、とっつもんつ(アレコレイロイロト)言いよったどん、とうとう商人が負けて、一両下男にやったて。あいどん、その商人はやった一両が惜しゅうなったちゅうもんねぇ。こりゃあ、役人に届きゅうで思うて、早(はよ)う近道して行たて、

「今、この坂ば下って来る若(わっ)か男から、一両も盗み取られたあ」て、役人に言うたて。あったぎぃ、役人がやって来て、その坂の下に待ちかまえて下男が良か気持ちで太鼓を持って下って来っちゅうもん。そいぎいきなり、

「こりゃあ、盗人。一両も威し取るちゅうはけしからんぞ」て言うて、咎(とが)めたぎ下男は、

「そぎゃん覚えはなか。何(なん)にもそんなに威してお金を盗みとってはおりません」て、言い張るちゅうもん。そいぎぃ、

「どら。何(なん)でん脱いでみろ」ち言(ゅ)うて、体中ば調べて見おったぎぃ、ポケットの中に一両あったちゅうもんねぇ。そいぎぃ、

「ほれ、見てみろ。ほんにこりゃ、図太い奴だ。一両チャーアンとポケットの中に入っとっ。罰ば受けんば。罰をお前(まり)ゃ。広場へ引っ張って行たて、そうしてあすこで罪ば裁判しょう」ち言(ゅ)うて、引っ張って行たもんじゃい、あとから見物しゅうで黒山んごと、ゾロゾロゾロ、大勢の人がその下男について来(く)っちゅうもん。

そいぎぃ、一時(いっとき)ばかい広場に来たぎぃ、持っていた太鼓ば叩き始めたて。「トトン、テテンテンテンテン、テンテンテン、テテンテンテン」て、叩き始めたて。あったぎねぇ、役人も商人も、見ぎゃ来(き)おった者も、

「こりゃ、ヤッサラヤッサ」ち言(ゅ)うて、浮かれて踊い始むっちゅう。そうしてもう、グルグル、グルグル飛うだい跳ねたい、回ったいして、もう一時やめじ踊い始むって。太鼓を打つぎ打つほど、皆が踊ってじゃんもんねぇ。そうしてしまいには、

「その太鼓打つとはやめろう。ああ、きつかぞ。目が回っぞ。ああ、きつか。ああ、きつか。もう、もてん」て言うて、皆が言うもんだから、その太鼓叩きながらその下男が、

「盗んだ金でもなかとこれぇ、車を押したお礼に貰うたお金ば、『盗んだあ』ち言(ゅ)うて、いっちょん貰うたお金ば認めんないば、何時(いつ)まっでん叩く。そうして、役人としたことが、ほんなことを調べもせじぃ、人を罰するちゅうことは余(あんま)い酷かあ。この叩きおっ太鼓はやめん。そいから、見物人も見物人。ほんに、何(なん)じゃい訳もわからじぃ、罪でもなか者ば、何じゃいの物見で集まって来(く)っちゅうぎぃ、ほんに見せ物ではなかとこれぇ、面白半分に見物すっとはけしからん。この太鼓打ちはやめん」て、言うたて。そいぎぃ、

「ほんなことはそがんじゃったとですかあ」ち言(ゅ)うて、

「その盗んだ金じゃなか。車を押してやったお礼」て、言うたとば、役人が聞いて、

「どうも悪かった。今からあなたさんの言うごとしますけん、太鼓を叩くとをやめてくんさい」て言うて、もうヘトヘトないながら、頼むもんだけん、

「そいを実行すんならやむっよう」て言うて、その太鼓を叩くとをやめたて。そうして、やめたぎ皆が踊い疲れて、そこにヘナヘナペタペタっと、皆が座り込んでしもうたて。よっぽど踊り疲れたとみえます。

そいぎぃ、この男はねぇ、罪でないことをチャーアンと、皆に聞いてもらって太鼓を大事に抱えて、またズーッと向こうさにゃ行ったて、いうことです。

そいばあっきゃ。

〔三九四 風鈴踊(類話)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

標準語版 TOPへ