嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

和尚さんが、時々行(ぎょう)しぎゃあ、

なんか京都さい、本山に上んさらんばて。

京都の本山にね、

本山上(のぼ)いばしんしゃったて。そいぎぃ、

「一時(いっとき)ゃ、お寺ば留守にすっ」て。

「あいどん、その間にお寺は開くっことなん。

何(ない)なっとんあっけん、

誰(だい)ば添えたこんな良かろうかあ」と、

いうことで、その和尚さんとその世話人さん達が集まってねぇ、

相談しんしゃったて。そいぎねぇ、

「あの豆腐屋の頓智者が和尚さんの代わいないば、

いちばん良かばい」て、言うことに、

誰(だい)じゃい言うたぎぃ、

「本当、本当。

あの頓智者ない十分勤まるばーい」て、

言うことになってねぇ、

その頓智者がその和尚さんの代わりにおらしたちゅう。

ところがねぇ、五日も経たんうち、

死(し)者(しゃ)のできたて、檀家に。

そいぎぃ、死者(しんもん)のできたぎぃ、

和尚さんの衣ば着て、そけぇあの、

お葬式に行かんばらん。

誰(だい)でん、幾ら頓智者でん、

引導ば渡しゆうかにゃあ、

困ったにゃあ、て思(おめ)ぇんしゃったて。あいどん、

「今になってどがんも仕様(しよん)なか。

あの頓智者が、

『行きえん』ち言(ゅ)うぎぃ、

あぎゃんとばってん」ち言(ゅ)うて、世話人さん達の、

「お前(まい)、勤まっかい」ち言(ゅ)うて、

世話焼(や)あて、聞きんさったぎぃ、

豆腐屋は引き受けて、

「良か、良か」ち言(ゅ)うて、

何(なん)の気はなし、衣どん着て出かけたちゅう。

そうして、死んだ者の家で、

そのお葬式は厳かなお葬式てやもん。

そいぎぃ、皆がそのねぇ、

あの、聞きおんしゃったて。

あったぎねぇ、お葬式の引導ば

耳ほぎゃあて聞きんしゃったぎねぇ、

「そーれ惟(おもんみ)れば、

天打ったる白黒と言う風がうらたるかっ」て、

そこまで言うた。

そいから先はロレロレ、ロレロレて、

その頓智者じゃっけん、

こりゃハッキリ言うぎおかしかばい、と思うもんだけん、

「天が草の根を切ってば葉を枯らすかっ」ち言(ゅ)うてから、

一時(いっとき)間(ま)ばおいて、

「パッ」て言うて、葬式はすまかした。

「うまいとこほんなもんじゃったにゃあ」て言うて、

世話人さん達ゃ恐ろしゅう感心しんさったて、いう話。

そうしたところに今度はねぇ、

和尚さんの留守とは知らじぃ、

恐ろしか良か金ピカの衣ば着たほんに、

こうして窓から見っぎもう、

立派な貫禄な僧侶の来てさ。

そうして門の所に立ったて。

ありゃ、こりゃあもう、問答和尚じゃあ。

そいどん、あの豆腐屋の頓智者は、

我が気の利いとっもんじゃっけん、

と思うとったいどん、困ったにゃあ。

あいどん、当たって砕けろと思うてねぇ、

あの、その問答和尚の所にねぇ、

やおらそこさいその頓智者が衣どんひっかけて来たぎぃ、

問答和尚は自分のお腹(なか)の

前で丸(まーる)く両方の手を揃えて

、大きく輪ば作ったて。あったぎぃ、

その頓智者の豆腐屋のばい、早速、

指ば三本出(じ)ゃあて。

そいぎぃ、問答和尚は一時(いっとき)考えてから今度は、

指ば出ゃあたちゅうもん。

そいぎぃ、息ゃグッと飲んだごとして、

まいっちょ豆腐屋の頓智者な指でさ、目の下ば押したと。

「べぇー」てしたと。

そいぎぃ、問答和尚はこいを

見て逃ぐっごとして帰ってしもうた。

そうして、会った人に話したて。そいはねぇ、

「あすこの和尚さんの偉かとには驚きました。

我々どま及ばん高僧だ」ち言(ゅ)うてね、

「私が、こう輪を作って、

『世界は』て、問うたぎぃ、即座に指ば三本出して、

『三千世界なり』と答えんさいた。

そうして、二本私が出して、

『日本は』て、聞いたぎぃ、

和尚さんはすかさず目の下を指して、

『眼中にあり』て、答えんさいた。

とてもとても我々愚僧らの及ぶところでなかった」て、

褒めんさいたと。

そいどん、豆腐屋の頓智者の言うには、

「いや、驚いた。ビックイした。

いきなり指で輪を作ったもんじゃ、

俺を豆腐屋と知っとったとみえて、

『豆腐は幾らか』て、聞くもんね。

そいぎぃ、俺は指ば三本見せて、

『三文だ』ち言(ゅ)うたら、

『二文にまけろ』て、言うたい、

こりゃ負けらるっもんか、と思うたもんで、

目の下に指ば当てて、

『あかんべぇー』て、してさい。

そいぎねぇ、あん坊主はじき帰ったとよ」と。

和尚さん、京都の本山から帰るよい

早(はよ)う豆腐屋に来んさいたて。そうして、

「お前(まい)、昨日は問答僧あがんとの、

偉かとの来たちゅうが、

ほんにどがんやったかい。

お前、留守は預かったと、

どがんやったかい」ち言(ゅ)うて、

世話焼あて来んさいた。そいぎぃ、

「なーい、なーい。わけない、わけない」て、

豆腐屋は手ば振んしゃったて。そいぎぃ、

「どぎゃんこっじゃったろうかあ」て、念ば押しんさいたぎぃ、

「何(なん)でんさいなかった。

余(あんま)い長(なご)うおらじぃ、

じき帰んさいた」て、言うたら、世話役さん達の聞いて来て、

「『あすこの和尚さんな、

大した学のある人』て言うて、

帰んさいたちゅう」と聞いて、

和尚さんも胸ば撫で下ろしんさいたちゅう。

そいで、もうじきあん寺の和尚さんな

大学者ちいうて京都の本山まで知れ渡ったて。

そいばあっきゃ。

〔三八一 俄か和尚(類話)、五二〇 蒟蒻問答(AT924)の複合〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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