嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

山奥の者(もん)がねぇ、魚(さかな)屋(や)にやって来たてぇ。

そうして、見かけん物が並べてあんもんじゃけん、

「こりゃあ、何(なん)ちゅう物かあ」て言うて、魚屋に聞いたと。

「こりゃあ、名前は何ちゅうとおう」ち言(ゅ)うて、聞いたら、

「はい、こいですか。こや、蛸ちゅう物でがざいます」て言うて、

聞かせた。そいぎぃ、

「この蛸ちゅう物な、

どぎゃんして食べたら良かろうかあ」て、聞いたら、

「茹(ゆ)でて食うぎぃ、とても美味(おい)しいですよ」て言うて、

魚屋さんが教えたもんじゃい、

「そんなら、三つ四つおくれ」て言うて、

三つ四つ買(こ)うて行った。

そうして、山さい帰ってねぇ、

大きなお釜で茹(い)でおったてぇ。

プーンて、美味しい匂(にお)いがすってじゃんもんねぇ。

そこへお遍路さんが通いかかてさ、

「あらー、美味(うま)そうな匂いがしますねぇ。

すまんが、その蛸のだしがらでん良かけんが、

ご馳走してくれませんかあ」て、言んしゃったぎぃ、村人達が、

「えぇ、えぇ。そう、いいですよ」て言うて。

「これは、だしがらやけど」ち言(ゅ)うて、

山の者はなあ、ほんな身ば蛸ばさ、

「だしがらは、山ん者は食わんよ」て言うて、

惜しげもなく蛸をみんなお遍路さんに食べさせてしもうたて。

そうして、自分達ゃ大きなお椀に茹で汁(しゅ)っば汲んで、

「ああ、美味(うま)か。ああ、美味か」ち言(ゅ)うて、

ガブガブ飲みよったてぇ。

身の所ばお遍路さんにやって、

山奥ん者(もん)な見たこともなかったもんやっけんねぇ。

そういうことです。

そいばあっきゃ。

〔三二六 鯛の煎じ滓(AT一三三九)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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