嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

山の村に、もうそこん辺(たい)から一歩でん出たことのなか、海なんか見たこともなかて、男がねぇ、お伊勢参りに行ったわけですよ。

そいぎぃ、宿屋に着いたぎいろいろご馳走の出たちゅうもんねぇ。そん中にねぇ、蛤のお吸い物があったてぇ。そいぎねぇ、こうして見たぎにゃあ、中にはクニャアクニャアすっとのあって、外は立(じっ)派(ぱ)かとの殻のあって。そいぎこりゃあ、どぎゃんやって食ぶっとじゃろうかにゃあ、珍しかとの出たにゃあ、と思うて、中のとはじご(腸物(はらわた))ばい、と思うて、う捨てて、その硬かところば強か歯で咬(か)みよんしゃったいどん、歯の痛かごと咬みよっちゅうもんねぇ。そいぎぃ、こぎゃんたあ食わるとじゃなかあ、と思うて、お汁(しゅ)っだけ吸いんしゃったて。

そうして、その男が田舎さんお伊勢参りばすまして帰ってからの話。

「蛤のご馳走が出たいどん、あぎゃんた硬うして食べらるっ代物(しろもの)じゃなかあ。あぎゃんたえて食うたてちゃ(戴イテ食ベテモ)、有難迷惑」て言うて、中のみを捨てたことを言わじぃ、「蛤のばい、恐ろしか硬か」て。「ないもかいも(何ハトモアレ)歯の立つもんじゃなかあ」て言うて、話したそうです。

そいばあっきゃ。

〔三二五 馬刀貝(AT一三三九)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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