嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしのことじゃったてじゃんもんねぇ。

田舎に年取った親父さん思いの息子と、

嫁さんと三人とても仲良く暮らしおんしゃったてぇ。

そいどん、とうとう年取った親父さんが

死んで仕【し】舞【みゃ】あいんさったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、親孝行思いの息子は、

ほんに悲しんで毎日毎日、

お経ば上げたいして拝みおったちゅう。

そうして、ある日、町さい買物に行たちゅうもんねぇ。

そうして、店をフーッて覗いてみたぎさ、

そけぇ親父さんがいたちゅう。そいぎぃ、息子はねぇ、

「こいばください」て言うて、そいば買【こ】うて来てねぇ。

もう我が家【え】の嫁さんにも知られんごと、

ジーッと押入れに大事になわしてさ、毎朝毎朝、

「おはようございます」て、挨拶【あいさつ】に行たて、

「親父さん、お休みなさい」て言うて、

夜はまた挨拶をしおったてぇ。

そいぎぃ、初めは気のつかんやった嫁さんが遅【おす】うには、

「押入れさにゃあ、聟さんの行たちゃあ、

何【なん】じゃいブツブツ、ブツブツ」ち、

言いおんしゃっ。おかーしかことば言いおんしゃにゃあ、

と思うて、ジーッと、押入れば開けてみんしゃったてじゃんもんねぇ。

ソッと開けてみたぎぃ、きれいか女【おなご】のそけぇおってぇ。

そいぎぃ、胸はドキドキしてさ、

家の亭主はこがん所【とけ】ぇ女を隠【かき】いとったけん、

良か女にもの言いよったとばいにゃあて、

もうてっきり思うたて。

そいぎぃ、我が家【え】の亭主が帰って来たぎぃ、

「お前【まい】さんとした人が、

良か女ば押入れの内囲【かこ】うとったな。

ああ、歯痒【はがい】か。ほんに歯痒か。

ぎゃん、見損うとったあ」て、言うたぎぃ、亭主は、

「何【なん】ち言【い】いおっかあ。

違う、違う。ほりゃ、聞け。嬶【かか】、違うぞ」て、

言うどん、嬶さんな聞かんて。

そいが隣【とない】まで聞こゆっごと、

「ワアワア」言うて、喧嘩したて。

そいぎぃ、隣のおんちゃんのやって来て、

「まあ、まあ。何て。

今まで仲良か夫婦じゃったとの喧嘩ばしおっかあ。

何で喧嘩しおっかあ」て、言うたぎぃ、

「家【うち】の父【とう】ちゃんな押入れん中【なき】ゃあ、

きれいか女【おなご】ば囲【かく】うといなっ」て、嫁さんが言う。

「いんにゃぞう。親父さんば買【こ】うて来て、

押入れに入れとっだけじゃあ」

「そがんやあ。どら」ち言【ゅ】うて、

隣の者【もん】が、押入れば開けてみたぎぃ、

隣の者の顔の映ったちゅうもんねぇ。

「こりゃあ、鏡じゃなっかあ。鏡て、ただの。

お前【まい】さん達ゃ、我が顔の映ったとばい、

良【ゆ】う見てみい。

お前【まい】が、嫁さんが見っぎぃ、

嫁さんが映っ。聟さんが見っぎぃ、聟さんが映っ。

聟さんの親父さんにソックイの顔じゃったけん、

爺さんと間違うたとじゃろう。

我が顔の爺さんに似とったけん、

爺さんと思うて買うて来たとじゃろう。アッハハハ」で、

もう大笑いしたぎもう、気前の悪うしてねぇ、

嫁さんもその聟さんも仲ん良【ゆ】うなったて。

めでたく夫婦喧嘩の治まったちゅうばい。

こいばあっきゃ。

〔三一九 尼裁判【AT一三三六A】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P466)

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