嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

山からねぇ、

いっちょん世の中ゃどま行たごたっなか男のさ、

都さい行た時のこと、

「鏡店【かがみみせ】」ていう所のあったちゅうもん。その、

「鏡店」て書ゃあてあっ所ば、店ばテンと読んで、

「カカミテン」て、そん人が読んだちゅう。

あわて者【もん】じゃったったらしか。

そいぎぃ、こん男はねぇ、

「カカミテン」ていう看板のあったぎぃ、

珍しか商売もあんもんにゃあ、と思うて、見よったぎねぇ。

あったぎぃ、そけぇ女【おなご】の人の座ってねぇ、

着物【きもん】ば縫【に】いよらすちゅうもん。

ありゃあ、ここの嬶さんなきれいかにゃあ、

と思うて、長いこと表【おもて】に

立って穴の開【あ】くごとその嬶さんば見おらしたちゅう。

そうして、日の暮るっまで、

店ん先立ってその嬶さんば見てからねぇ、田舎さい帰ったて。

そいぎねぇ、都に行たて来【こ】らしたもんじゃっけん、

あくる日、近所の者【もん】の沢山【よんにゅう】集まって来て、

そうしてみやげ話どん聞こうで思うて、

「お前【まい】さんな都さい見物に行たてじゃったけん、

珍しかとのあったろだーい」て、聞きんしゃったぎぃ、

「うーん。あった、あった。そいがねぇ、

『カカミテン』ていう、店のあった」て。

「嬶ば見すっちゅう店のあった。

そりゃあ、そけぇはきれいか女の座っとらした」て。

「嬶さんのねぇ、そけぇ座っとらした」て言うて、

話すもんじゃっけん、

誰【だい】でんキャアキャア言うて、珍しゃっ、

「そがん店まであったやあ、都は」て言うて、

誰【だい】でん聞いたちゅう。

近所の者の中には、

若【わっ】か者【もん】もそけぇ来て聞きおったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、その若か者のそいば見とおしてたまらんごとなったちゅう。

えぇ、俺【おい】もいっちょ都見物行っくさい、

て思うてさい、早速出かけたちゅう。

そうしてねぇ、ズーッと、

あっちこっち回って歩きよったぎぃ、

こうして見たぎぃ、ほんなことねぇ、

「鏡店」て、書ゃあてあっ所【とこ】のあったて。そいどん、

「カカミテン」て、聞いとったもんじゃい、

ありゃあ、ここが嬶さんば見すっ店たあ、

こけぇいっちょ、ああっと思うて、

見おいどん誰【だーい】もそけぇ、店におらんちゅうもん。

そうして、またクルーッと回って来たいどん、

いっちょん誰もおらんもんじゃい、ありゃあ、

俺【おい】は騙されたばーい、と思うてね、

ズーッと三遍じゃいろグルグル回って、

そけぇ来らしたて。そいぎねぇ、

「今年しゃ見せん、今年ゃ見せん」て、書【き】ゃあてあっちゅう。

そいぎねぇ、その看板ば何遍でん読んだぎぃ、

やっぱい今年ゃ見せん死なん所、て看板じゃったて。

ありゃ、そいぎぃ、折角ぎゃん来たいどん、

今年ゃ見せん、まだ死なん所て。

あいちゃにゃあ、こいも、

若か者も余【あんま】いそぎゃん読んでねぇ。

ああ、折角やって来たとけぇ、ガッカイしとったちゅう。

そいぎねぇ、そりゃねぇ、

「琴三味線・指南所」て、書【き】ゃあてあったて。そいば、

「今年ゃ見せん、死なん」て、こうちい読んだもんじゃい、

もうほんに、折角来たいどん、

今年ゃとても見られんばい、

と思うて、ガッカリして帰らしたちゅう。

そいばあっきゃ。

〔三一一 嬶見所〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P464)

標準語版 TOPへ