嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 昔の殿様がねぇ、ある所に来【き】んしゃったて。そいぎぃ、

「ほんに、殿さんをお迎えすっごとはこの村始まって以来、

どがんしゅうかあ」て言うて、

「まず、長者さんの家【うち】ば借らじにゃあ。

めんめんの家は余【あんま】い粗末かもん」ち言【ゅ】うて、

長者さんの家借ることにした。

そいぎぃ、殿さんの来【き】んさったけん、頭ば上げじぃ、

「へーい」てして。

ところが、殿さんは便所に行きんさったて。

用たしに行きんさったところが、

田舎のことで、手洗いがなかった。そいぎぃ、

「これこれ。手水を持て」て、言んさったぎぃ、

「何【なん】てやったにゃあ。

『手水ば持て』て、じゃったろう。

ああ、私【わし】どんわからん。物知いさんに、

あの博士も来とろう、こけぇ。

博士に聞いてみんばあ」ち言【ゅ】うて。

「チョッと、あんたあ。殿さんの、

『手水ば持て』て、言んさった。

どがん、何【なん】じゃろうかあ」て、聞いたら、

「長頭【ちょうず】やあ。そりゃあ、

わかりきっとったい。

頭の長【なん】か者」て、言んしゃったて。

「そうねぇ。そいぎぃ、

誰【だい】がいちばん頭の長いかあ」

「あつけぇ、頭の長かとの桶屋さんのおったい。

あの桶屋ば連れて来い」

そいぎぃ、

「お前【まい】さん、あの、

『長頭ば持て』て、言うことで、

殿さんが直々【じきじき】にお召しかかえよ。

あんた、ぜひ来てくいない」て言うて、

着【き】物【もん】どま隣【とない】のおんちゃんの上等ば借って、

紋付き羽織【はおい】で引っかけて、

頭の長【なーん】かとば、連れて来て、

「殿様、長頭を持ちました」

そいぎんたあ、

「長【なご】うかかったのう」

しかし、それはに殿さんは、

「もう良い。もう良い」て、言んしゃったて。

そいからねぇ、一時【いっとき】ばっかいしたぎねぇ、

神主さんの挨拶【あいさつ】に来たちゅうもん。

そいぎぃ、そこん辺【たい】おん者【もん】どんが、

「殿様。禰宜【ねぎ】が参りました」て、言んしゃった。

今度【こんだ】あ、殿さんがねぇ、

「おう、葱【ねぎ】かあ。あの葱か。畑へ寄っとれぇ」て。

「帰りに会うぞ」て、言んしゃったちゅうもん。

そいぎまた、考えたて。あいば、禰宜は畑に。

恐【おっそ】ろしか、首いっちょ出【じ】ゃあて、

畑に埋めんしゃったて。そして、一晩泊まいがけに、

「皆な、私【わし】が来たからご苦労じゃったのう。

暗くなったら灯【とも】せよ」て言うてねぇ、

蝋燭【ろうそく】ば一束したとばくんさったてぇ。

そいぎまた、それをお下【さ】げして、

「殿さんのみやげは、ぎゃんとじゃった。

そいでも村いっぴゃあわきゅうでちゃ、こりゃあもう、

小【こも】ーう割らんぎぃ、間に合わん。

こりゃあ、あの、いっちょずつないどん、誰【だれ】ーでんやらんばね。

『暗くなれば灯せよって』て、暗くなってから食ぶっことばいねぇ。

て言うて、もうその一本の蝋燭ば沢山【よんにゅう】、

ちぃっとずつ、飴玉ぐりゃあに切ってね、

そいを部落の区長さんにやって、一軒一軒に配ったということです。

皆なが如何に文化が低かったか、

物知らん者【もん】が多かったかていう、

むかーしむかしのお話なんです。

そいばあっきゃ。

〔三〇三 手水を回せ【AT一三三八】、三〇一 葱を持て【AT一三三八】、三二一 蝋燭蒲鉾一三三九、cf.AT一二七〇〕の複合〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P462)

標準語版 TOPへ