嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

村に、とても大きな商人がおりました。

手広く商売をしておりました。

けれども、ここの主人ちゅう者が、

そりゃあけちな人で、

乞食にも一遍も何【なに】も

恵んでやったことのない人でした。

ところが、ちょうど何【なに】かの

用事で自転車で

、用事でこの商人が出かけたんです。

けれども、商人はもう、

その辺【へん】で名の売れた

けちな男じゃったけど

、奥さんな気さくな者【もん】で、

もう乞食でん来たら、

すぐ何【なん】でもやるような

優しい心の持ち主だ。

そうすっと、ちょうど主人が

自転車で用足しに行った留守に、

乞食がやって来たんですよ。

そうしたら、その女将【おかみ】さんは、

「あなた、何処【どっ】から来たのう」て、

言ったら、乞食は、

「私は遠い遠い所から来ました」て言う。

「『遠い所』ち言【ゅ】うぎぃ、

随分遠い所から来たのう」て。

「奥さんの、ふるさとから来ましたよう。

私のふるさとは、恐山のある所だけど」

「そんな遠い所から来たのう」て聞いた。

「そうです。恐山の方から来ました。

もうこころ辺【あた】りは、

九州でも肥前の国は、

暖【あった】かでいいですねぇ。

この辺【へん】は暖かだから、

乞食だけど暖かい所に来ました。

恐山の辺【あた】りはもう、

雪がちらついていますよ。

そいで、奥さんはあちらのお住まいで、

あなたの近所からですよ」て、乞食が。

「あらー、私の近所から来たのう。

遠い所、こんな所【とこ】まで来たねぇ」

「そうして、あなたのふるさとのお母さんは、

『冬は寒い寒い』て言うて、

震うておられますよ」て。

「そう。そいじゃ、

まいっとき【モウ少シ】待っていなさい」ち言【ゅ】うて、

お握りを大きのをこさえて、

「これを食べなさい」ち言【ゅ】うて、

恵んでやりました。

もう納戸に入って、

自分の綿入れ半纏【はんてん】とか、

そいから自分の着物なども探して、

「これをねぇ、あちらに帰った時、

私がやってちゅうて、

おふくろにやっておくれ。頼みますよ」と言って。

そいぎぃ、

「有難うございます。

本当に、お握りも

大変美味【おい】しく戴きました」ち言【ゅ】うて、

お礼を言って、乞食は帰って行きました。

それと入れ違いに、

自転車のパターッと音がして、

このけちん坊の主人が帰って来たて。

「今、乞食が見えとったけども、

お前【まい】、

何【ない】かい何時【いつ】ーでも、

何【なん】ないくれてやるが、

何【なに】をくれてやったあ」

「いや。私のふるさとから来た乞食だったから、

おふくろ達に、

半纏などを言【こと】付【づ】けてやりました、正直に。

「あんなのを乞食にやる必要はない、

もったいない」ち言【ゅ】うて。

そいだけ言ったかと思うと、

また今乗って来た自転車を飛ばして、

乞食の後を追いかけて、

そうしてけちな主人は半纏を、

「お前は泥棒と同【おんな】じだ」

「いや。これは戴いたんですよ」

「戴いたんじゃない。

言付かったんです。

奥さんのふるさとのお母さん達、

言付かったんです」て、幾ら言っても、

このけちな檀那には通じなかった。

そうして、この檀那は半纏を取り返してきたて。

本当に憎らしいけちな男で、

それを見た女将さんは泣いていたそうです。

そいばっきゃ。

〔一七八  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P455)

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