嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしんことです、こいも。

もう夕暮れも日のトックリ

暮れかかった寒い師走の日にねぇ、

ヨレヨレのば着た一【ひと】人【い】の若―い坊さん。

托鉢して歩【さる】きんさっとやろう。

その人がねぇ、庄屋さん方の角に来たて。

そうしてねぇ、

「どうぞ、今晩一晩泊めてください」て言うて、

言んしゃったて。

そいぎねぇ、その庄屋さん方の者【もん】な、

全部【しっきゃ】あ優しか人間ばっかいやったもん。

「さあ、さあ。どうぞ」て言うて、

おろいか衣どん着とんさったいどん、

立派か屋敷さい連れて行きんさった。

そうして、

「さあ、さあ。さあ、さあ」て言うて、

ご馳走も運んで来っ。

皆でもてにゃあたちゅうもん。

あったぎねぇ、

その余【あんま】いご馳走ば

食べさせたけんじゃい何【なん】じゃいわからんどん。

その若【わっ】かきれいか坊さんの夜中にねぇ、

「お腹【なか】の痛かーあ。

お腹の痛かあ」ちて、

やにわに苦しみさっちゅうもん。

そいぎねぇ、ご主人でん、

奥さんでん、飛【とう】で来て、

「お腹が痛い。

何処【どこ】ですか」ち言【ゆ】うて、

お腹を摩【さす】い、

「良か塩梅【んびゃあ】、腹薬のあっけん、

さあ、こいば飲んでみんさい」て言うて、

背中も摩い、お腹も温【ぬく】めたいして、

もう、全部【しっきゃ】あがかいで、

大変あの、看病ばしんさいどん、

「ちいった痛みのとるっですか」ち言【ゅ】うても、

いっちょんその痛みの取れじね、

「ますます、きつかあ、痛かあ」ち言【ゅ】うて、

転うで歩【さる】ごと痛しゃしおんしゃっ。

そうして、夜の明くっ頃になんまでねぇ、

もう、その若【わっ】か坊さんな、

庄屋さん方【がち】ゃ泊まいよったいどん、

何【なん】じゃい当たったわけじゃあんみゃあどん、

他ん者【もん】も食べたいどん、

他の者はどぎゃーんもなかてじゃん。

その坊さんばっかい恐【おっそ】ろしか腹の痛い、

「腹の痛か。腹の痛か」ち言【ゅ】うて、

転うでさるきよっ。

そうしてねぇ、

とうとう夜の明くっ頃になったてぇ。

あったぎねぇ、あの、

その坊さんが言んさんには、

「庄屋さん。私の命はもう、

助かりません。本当に良くして戴いて、

大変お世話になりました」ち言【ゅ】うて、

お腹ば摩【さす】いながら、

そこに、床に上、起き上がって、

お礼ば言んさったて。

そいぎ庄屋さんなね、

「そぎゃんことはなか。

今夜に限って、あんさんはねぇ、

薬も効かじぃ、ぎゃんあの、

腹ん痛しゃしんさいの、

今に薬の効き目が現われるけん、

まっときあの、こう休んどってください」て言うて。

そうしてねぇ、一生懸命その、

他の者も、湯たんぽまた幾らでん持って来て、

温めてやったい、

摩ってやったいしおんしゃった。

そうしてねぇ、

その坊さんの言んしゃんにはね、

「いや。こんなに良くして戴いても、

私は治くはなりません」て。

「私は、こいまでの寿命が尽きたんです。

そん代わりねぇ、私、お願いがあります」て。

「私【あたし】が死んぎね、

甕に私【あたし】のこの着物を、

衣を着たまま入れて、

この辺【へん】に桜の木があっでしょうから、

そこの下に埋めてください。

そうしてね、埋めたら七日目の朝に、

その甕を必ず庄屋さん、

あなたさんが、見にお出でください」て、

こぎゃん言んしゃってね。

そうしてね、そのまま死にんしゃったてよ。

そいぎ庄屋さん方では、あいどんね、

「坊さんのお葬式を

出すとは初めてのごと」ち言【ゅ】うて、

何処【どこ】のどなたかわからんどん」ち言【ゅ】うて、

丁寧に、あの、

言われたごーと、甕に納めて、

そうして桜の木のじき、

近くにあったもんじゃい、

そけぇ埋めんさったて。

そして全部【しっきゃ】あ者【もん】の悲しゅうして、

野辺の送りもすましんしゃったてじゃんもんねぇ。

あったぎぃ、たったすぐ七日目になった。

そいぎぃ、誰【だれ】ーでん知らんごと、

庄屋さんの裏ん戸口から出て。

そうして、あの坊さんは

不思議なことば言うて死にんさったにゃあ、

思【おめ】ぇながら、

ありゃあ、遺言じゃったもん。

桜の下ば掘い返してみゅうだい、

て言うて、そうして、

桜の木を掘い返しぎゃ行きんしゃった。

あったぎねぇ、その庄屋さんのねぇ、

掘いぎゃ行たて、まあーが軟らかったけん、

じき掘れた。

そうして甕の蓋ばさ取って、

こうーして覗いて見んしゃったぎばい、

ほんな一週間前に衣ば入れたばかいやった。

お坊さんのおんしゃらんやったてばい。

姿のなかったて。そうしてねぇ、

一幅の掛け軸の、そけぇ入っとったあ。

そいぎ不思議かことにゃあ、

ぎゃんことのあろうかにゃあ、

と言うてねぇ、庄屋さんなねぇ、

その掛け軸ば大事に、

まあーだ開きもせじぃ、

誰も言わじぃ、

朝早【はよ】う裏ん戸口から来とんしゃんもん。

家【うち】さい帰ってね、

そうしてね、あの、座敷に行たてね、

家【うち】の者【もん】ば下男でん、

女中ば全部【ひっきゃ】あ、

嫁さんも寄せて、床にこう、

掛け軸かけんさったぎさい、

立派か達磨さんの絵ば描いてあっ。

達磨さんの絵じゃったて。

そいが顔ばねぇ、

泊まんさった若か坊さんの

顔ソックリじゃったて。

うんて、シッカリ口を結んどんしゃった。

達磨さん、何処【どけ】ぇおいちぇあった。

そいぎぃ、皆ねぇ、

「あの、家【うち】に泊まんさった方は、

達磨大師さんじゃったばい。

不思議かったねぇ」て言うて、

そうしてもう、拝んだて。

あったぎぃ、じきー誰【だい】でん次から次、

そこの噂の広がってねぇ、

「あの、

ここの家は達磨さんば掛けちぇあって。

雪だるまさんの死んで、

掛け軸なんさったてじゃろう」て言うてね、

「そいで何【なん】じゃい良かとば上ぐっぎぃ、

あの、掛け軸の達磨さんの、

お食べんさってばい」て言うてね、

珍しか者【もん】の西から西から、

東から東から、

珍しか者ばっかい持って、

お供えすっごとなった。

そいぎぃ、

ほんなこて食べおんさった。

無【の】うないおった。

そいぎそのねぇ、泊まんさった、

あの、達磨さんじゃった。

そういうことです。

こいもチャンチャン。

〔一七七  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P454)

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