嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

ある村に文吾という少年の、

恐ーろしか元気かとのおったちゅうもん。

そいぎぃ、小【こま】ーんか時から、

あすこの橋ば渡っ時ゃあ、

何時【いつ】ーでん騙さるっけん、

怖【えす】か怖か、昼のうちあの橋を渡らんぎぃ、

夜【よ】さいさみゃあ【夜近ク】

渡っぎい大事【ううごと】。

化け物に取っ付かるっけん、

早【はよ】う日の暮れんうち行かんばて。

皆その一つの橋を恐ろしゃしよったて。

そいぎ文吾が、ちょうどもう、

十【とんお】ばっかいもなったろうかあ、

ちいう時に、

「何【なん】てぇ。

太か大人にしとって、

化け物てんなんてんに怖【えっ】しゃして、

俺【おい】が退治してくるっ。

俺【おれ】ぇ、あの、

のす者【適ウ者。自分ヨリ強イ者】なおらん。

退治してやっ」て言うて、出かけて行た。

そして、注文するには、

「白が旗と、赤【あっ】か旗と作ってくいござい」て。

そいから、

「綱を沢山準備してくんさい。

舟も一艘丈夫かとば作って」ち言【ゅ】うて、

旗の赤白と、綱と、丈夫か舟と準備させて、

「その、化け物退治だー」ち言【ゅ】うて、行って、

「何時【いつ】何時日【いっか】の日に化け物退治する」て、

言うたもんだから、

もう周りには近郷近在から、

人のこんなに沢山いるのかと思うごと、

いっぱい見物に集まって来【き】んさったて。そうして、

「文吾が、化け物退治すってよ」ち言【ゅ】うて、

見よんさったて。そいぎぃ、

「白か旗ば上ぐっぎぃ、あの、

舟につけとっ綱もウンと引っ張らんばらん。

赤か旗ば上ぐっぎんとにゃ、やめろ。

綱は引くごとならん」て、

もうチャーンと村の衆と打ち合せして。

そして、

きれいか丈夫か舟に乗って出かけたそうです。

ところが、いっちょん化け物が出て来【こ】ん。

俺【おれ】に怖【えっ】しゃあ逃げたとじゃろうかあ、

て思うて、文吾が行きよったところが、

一時【いっとき】ばっかい下って、

だんだん、だんだん日が西に傾いて、

薄暗【うすぐろ】うもう夕方になったて。

そいぎぃ、川の深か所【とけ】ぇ舟の来たぎぃ、

パチャパチャやって舟の揺れて、

もうその辺【へん】は、

舟が沈むかと思うごと、

波立ってやっもんて。

もう、声は誰【だい】でんたっことはなん【出シテハイケナイ】て、

文吾から指示を受けとったもんじゃっけん、

誰でん怖【えす】かったいどん、

グッ、とも言わんで進んで行ったぎぃ、

腸物【はらわた】は

長【なん】か太うか一斗樽んごたっとの、

ヒョロッと出たて。

そいぎぃ、こいこそ化け物と思うて、

自分の丈【たけ】ばっかいもあっごたっ刀を

その横側からスルーッ、と出した。

そいぎぃ、舟の舳【へ】先に、

今度【こんだ】あ首のごたっとの、

ニューと出て来て、

食いつこうでしたので、

今度【こんだ】あもう腹に刺した刀を取って、

首ん所【とこ】にエーイと刺したら、

舟はヒックイ返ろうでしたけんが、

白か旗をパーッと上げたら、

皆が舟ば引いたもんだから、

舟がパッパッパッて、

後ろさいすざった【下ガッタ】拍子に、

ドタッーて音のして、その化け物は、

死んだらしかった。

そこの川の水ば血のごと染めて、

そして、化け物の長【なご】うなって死んで浮かび上った。

それはねぇ、

大きな年くった狢【むじな】じゃったて。

その狢がしょっちゅう村の衆を騙しよったとじゃったて。

狢がねえ。文吾が退治したもんだから、

見物人は拍子喝采で皆、大喜じゃった。

「文吾がやった。文吾が手柄をたてた」て言うて、

皆喜んで。そして、その日は引きあげたて。

そいから先ゃ、

皆があぎゃん、

まあ一だ子供のくせにあぎゃん太か狢ば

退治しぃゆっごと勇気ば持っとっけん、

自分の家【うち】の子供に、

「元気を出せ。文吾ば見習え。

文吾を見てみろ」と、言うごとして、

文吾を褒めて、

その村の者は文吾を手本にして、

立派な教育を子供にしんしゃったそうです。

ほんに勇気のある文吾だったて。

〔一七五  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P452)

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