嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

ある所に、恐ろしか金持ちさんのおんしゃったてぇ。

そいぎねぇ、その家【うち】じゃ

貸家も沢山【よんにゅう】

持っとらしたてじゃっもんねぇ。

ところがさ、

正月の晩にそこん辺【たい】いっぴゃあ大【うう】

火【か】事【じ】のあって、

風の強か晩じゃったてじゃっもん。

あったぎもう、

貸家はつん燃【む】えてしもうたてぇ。

そいが幸いのことに、

その金持ちさんの家はねぇ、

燃えんじゃったてじゃっもんねぇ。

あいどん、正月が来ても、

金持ちさんはほんに、

貸家も全部【しっきゃ】あつん燃えてしもうたけん、

我がに毎月正月家賃の入【はい】よったいどん、

もう銭【ぜん】は何【なーん】も来んごといちなったあ。

そがんことばクヨクヨもう、

思【おめ】ぇよんさいたぎさ、

恐ろしゅう貧乏のごとなってしもうたて。

そうして、来る日も来る日も、ああ、

銭は何もこん、て思ぇよって、

とうとう痩せ細いして床に就いて寝てしまいんしゃったて。

そいぎねぇ、医者さんにも、良か医者さん。

「あん人が良かばい」ち言【ゅ】うて、

良か医者さんにもかかい、

薬【くすい】も良か薬を買うて来て、

そうして至れり尽せりいろいろ

七転八倒しんしゃったいどん、

もう痩せ衰えていくばっかいやったて。

ああ、もうこいで死んとじゃろう。

飯も水も喉【のど】をとおらんもん、

ちいうごとしといなっ。

もう、そういうふうにいちなって、

家族の者【もん】も、

「同しこと」ち言【ゅ】うて、

あきらめていたて。

そけぇ、ズーッと前から、

爺ちゃんの前栽【せんじゃあ】畑ちゅうて、

野菜作っ仕事ば請け合【お】うて、

そこの仕事ばしおらす爺さんのおんしゃったて。

そして、その爺さんの畑から病人の様子ば見て、

「ご主人のご病気はどうですかあ」て、

寝とらす所の縁さん来てみんさって、

「塩梅【あんばい】はどうなたあ」て、

聞きんさいたぎぃ、

「もう、いっちょん良【ゆ】うはなかあ。

とても治【ゆ】うなりゃせん。

もうあの世ゆきじゃろう。

もう、お医者さんも匙【さじ】投げらしたあ」て、

言いないよったちゅうもん。

そぎゃん言いながらでん、

「俺が貸家は全部【しっきゃ】あつん燃えて、

ぎゃんなってしもうたけん、

もう銭の来【こ】ん、来ん」て言うて、

「一銭でんこん」て、嘆かすてじゃん。

そいぎぃ、

前栽【せんじゃ】畑しおったその爺さんがそいば聞いてねぇ、

「お前【まや】あ、そいぎぃ、

病気は何処【どこ】が悪かとう」ち言【ゅ】うて、

聞きんさいたぎぃ、

「病気ちゅうて、ただ飯の喉とおらん病気」て。

そいば爺さんの聞いて、

「お前【まい】の病気は、

そいぎ奇病たーい」て言うて、話しおらしたちゅう。

「そいぎばい、

俺【おい】が言うごとすっぎぃ、

病気の治るよ。

お前【まい】さんの病気は治【なや】あてやろうかあ。

あいどん、早【はよ】う死んで楽にないたかとやあ、

どっちやあ」ち、こぎゃん言わしたて。

そいぎぃ、死んかかいよった病人がさ、

床ん上起きて、

「俺【おい】もまあーだ若【わっ】かとこれぇ死のうごとなかあ」て、

言わしたて。そいぎぃ、

爺さんの言んしゃっことにゃね、

「そいならば、まあーだ死んごたっ檀那さんなしとらん。

そいぎぃ、いっちょ私【あたし】が

言うごとしてみんさい。

そいぎぃ、ヒョッとすっぎ水ば飲みゆっごとなっ。

毎晩グッスイ眠っごとなっばい。

そいぎぃ、元気の出てご飯も

美味【うも】うなっ」ち言【ゅ】うて、

そがんして言わしたちゅうもんねぇ。そいぎぃ、

「お前さんは、そぎゃん言んしゃっとが、

俺【おい】ば治【なわ】す自信のあっとかにゃあ」て。

「ある、ある。そぎゃん、

何処【どこ】て悪か病気のなかない、

元気になっ。どぎゃんこってん治【ゆ】うなる。

私【わし】の言うごとしゃが聞くぎぃ、

治【ゆ】うなっ」て、

自信持って爺さんの言わしたぎばい、

ボソボソその主人は起きてね、

「そいぎ頼む」て。

「俺ば治してくいござい。

もう、ほんに苦しかばーい」て言うて、

頼ましたもんじゃい、

「そんないば、

私が言うことを良【ゆ】う聞きゆっかんたあ」て、

聞きんさったぎぃ、

「聞く、聞く。治【ゆ】うなっとない、

良う聞く」て、こう言んさったてねぇ。

「そいぎぃ、私について来てください」て、

言うことやったて。

そうして、その主人な大喜びでね。そうして、

「治うなっことない、

どぎゃなことでんすっ」て言うて。

「ここの家【うち】におっては治うならん。

我が家に来てもらわんばらん」て、

爺さんの言いなっちゅうもん。

そうしてねぇ、

爺さんの家連れて来んさったて。

畑仕事に雇われていた爺さんなさ、

貧乏の家に檀那さんを連れて来て。

家に来てからは、我が息子と我がは思うて、

「あんさんは、

私の息子になって十日間、

私と一緒に仕事もして暮らさんばよう。

何も難しかことはなか。

あいどん、私の言うことは、

死のうごとなかないば言うことば良う聞いて、

そうして実行してくるっぎぃ、

命の助かりますばーい」て言うて、

その爺さんが言いないたて。

そいぎぃ、主人な、

「どがん言われても

命の助かっことない」ち言【ゅ】うて、

大喜びでね。そうして、

爺さんの言うこと、

我が家【や】に行たて、何でんせかじぃ、

「あい。あい」ち言【ゅ】うて、

聞きんしゃったて。

そしてねぇ、三度の食事もさい、

朝は一杯のお粥てじゃっもん。

昼には麦飯て。そうして、

野菜の煮しめ。夜にもねぇ、

魚も何もなか。

野菜の沢山【よんにゅう】入【はい】った

雑炊ば食べんばらん。

そいぎぃ、その主人な今まで

贅沢【ぜいたく】しおんたもんじゃい、

一日で逃げ出したかごとあったて。

そいどんねぇ、

爺さんの逃げ出そうごたっ様子ば、

じき見抜いて、

「命に関わるばい。あんたの病気には、

これが呪【まじな】いばーい」て、

言んしゃったてぇ。

そいぎぃ、逃げ出しもえじぃ。

そうして、主人はその爺さんに言わるっまま、

毎日毎日、朝も早【はよ】うから土運びじゃったて。

そうして、食ぶっ物はまずーか、

お粥ごたっとばっかい、もうたまらじぃ、

早う逃げ出そうかにゃあ、

明日【あしちゃ】あは家さいちぃ

【接頭語的な用法】帰ろうかにゃあ、

と思わすぎぃ、じきその爺さんの、

「命に関わるばい。お前【まい】、

じき死んばい。

こいが病気の呪【まじに】ゃあとこれぇ」て、

言わすちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

どうにかこうにか九日は辛抱できたちゅう。

そいぎぃ、爺さんの十日目の朝なったぎねぇ、

「どうや、ご主人」て。

「ぎゃあーん暮らしは、どがんやあ」て、

聞きんさいたぎぃ、

「ぎゃん、朝から晩までこきつかわれて、

まずか物ばあーっかい食うてさい。

あいどん、一生懸命働きよったぎ

食べ物の美味【うま】かったあ」て。

そうして、

「夜【よ】さいちゅうぎもう、

寝【ぬ】とっとよいか早【はよ】う

丸太ん棒のごとなって、

良う眠ったあ。

もう家【うち】の貸家のつん

燃【む】えたことば思う

暇はなかったばーい」て言うて、

笑いんしゃったちゅう、

その主人の。そいぎぃ、爺さんのねぇ、

「あんたさんの病気はねぇ、

我が心で作った病気やった」て。主人な、

「乞食同様な爺さんに、こぎゃんこきつかわれて、

ぎゃんして生きんばらん」て。

「私は幸せの大将にいちなったあ」ても、

言んしゃったて。

あったいどんねぇ、爺さんな、

「ほんにあなたさんな辛抱強かったねぇ。

力も命も、もう大丈夫やっけん、

この爺さんと今日【きゅう】限り縁ば切って、

あなたさんは、

あの元のあなたさんの立派な

お家【うち】に帰って良かばい。

こいから先ゃ幸せになんさい。

そうして、

あのつん燃えた貸家のことが気になっごとあったら、

じきこの爺さん方【がち】ゃ暮らしぎゃ来んさい。

病気には絶対ならん」て言うて、

話さしたて。

そいしこ、そいばあっきゃ。

〔一六五  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P442)

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