嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

ある旅人がねぇ、

もう夕方になったもんじゃい百姓家【や】に、

「今晩一晩、泊めてください」ち言【ゅ】うて、

泊まったところが、

そこはお婆さんの独り暮らしやったて。そいで、

「こんな粗末な家【うち】ですけど、

どうぞどうぞ」て、

お婆さんは言うてじゃんもん。

そいぎぃ、

心良【ゆ】うそこに泊まって

夜【よ】さい休んどったぎぃ、

コトッコトッコトッて、ガチャンガチャンガチャンて、

音んしおって。

こりゃあ、何事【なーあごと】

あの婆さんなしおっとじゃろうかにゃあ、

と思うて、ジーッと障子ば開けて、

その男が見おったぎねぇ、

竈【くど】の前に行たて、

お婆さんがねぇ、胡麻種ばパラパラパラって、

蒔くてじゃんもん。

あったぎぃ、

見よっうちそっから胡麻の竈【くど】ん前に落ちたとの、

ヒョロヒョロヒョロて、

枝【のき】の出て青々と茂ってさ、

もう即座に実の生って。

そうして、あの、パタンパタンパタンて叩くぎぃ、

胡麻のボロボロ沢山【よんにゅう】落ちたて。

そいばまた、竈【くど】ん所で

パチパチパチと炒【い】って、

胡麻ば擦【す】ってお婆さんがねぇ、

真【ま】夜【よ】中【なき】ゃあ饅頭作いよらしたて。

胡麻ば擦って、そうしてねぇ、

山ん中【なき】ゃあ饅頭作いよらす。

奇妙かにゃあと、

その旅人が思うとったちゅうもん。

そうして、見よったぎねぇ、

あくる朝になったぎねぇ、

お婆さんがねぇ、

「あの、どうぞ、食べてください」ち言【ゅ】うて、

持って来【き】んしゃったて。

その胡麻で作った饅頭ば。

ところが、

昨夜見たとの余【あんま】い不思議がったけん、

「チョッと朝の散歩に出て行きます」ち言【ゅ】うて、

その泊まった男がブラッと、

そこのお婆さんの家【うち】から出て、

町のはずれに行たて、

同じごたっ胡麻饅頭ば売っちょっ所から、

そっから買【こ】うて懐に入れて来たちゅう。

そうしてねぇ、

胡麻饅頭ば十【とんお】ばかい入れとったとば、

今度は自分の懐からこう、

「あの、お婆さん。あなた、

私ゃ饅頭買【こ】うて来たから、

饅頭を食べてください」ち言【ゅ】うて、

お婆さんの饅頭ば作って置【え】ぇとっ饅頭ばねぇ、

我が買うて来た振いして、

「こいば味みにどうぞ」ちて、

差い出【じ】ゃあたぎぃ、

「そうね。有難う」ち言【ゅ】うて、

パリパリやって婆さんが食べたちゅうもん。

あったぎねぇ、そして、その男は我が懐のとを、

買うて来たのを食べたて。

あったぎねぇ、

そのお婆さんの作った

饅頭ば食べたそのお婆さんは、じき、

「モー」ち言【ゅ】うて、

牛になったちゅう。

あら、このお婆さんは

人のぎゃん村はずれに住もうとって、

お婆ちゃんな呪【まじに】ゃあかけて

胡麻饅頭ば食べさせちゃあ、

牛ににゃあてさい【ナシテサ】、

そうして牛を売って

賭けて暮らしおったとばいねぇ、

てその先がよめたちゅう。

そいぎもう、こぎゃん所【とけ】ぇ泊まっとこなん。

恐ろしかあぎゃんとじゃった。

もう、そいぎ牛は、

「さようなら」ち言【ゅ】うて、

行く時ゃ、

「モーモー」ち言【ゅ】うて、

鳴きよったいどん、

後も見じぃ、

その泊まった男は帰って行ったて。

そいばあっきゃ。

〔一六四 本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P441)

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