嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしねぇ。

お父さんと息子さんとおったてぇ。

お父さんは、真【ま】っ正直も真っ正直。正直がいちばん大好きじゃったて。

ところが、お父さんは、余り正直末法【まっぽう】だから、貧乏ばーっかい、

損ばーっかいしおんしゃったて。

そいでもねぇ、

死ん時にはもう、本当にわずかばかりの葬式のごとして出さんばらんごと、

貧乏ばしてお医者さんにもかかいえじ死にんしゃったて。

そうして、

死ん間際にね、その一【ひと】人【り】息子を呼うで、

「ねぇ、お前【まい】。あの、正直よいか大切なものはない」て。

「どんなに落ちぶれても、どんなに貧乏しても、お父さんは正直一途で一生終わった」て。

「その正直の子供だから、お前も真っ正直に生きてくれ」て。

「どんなに辛いことがあっても、嘘を言っちゃいけないよ」て。

「お父さんの声はもう、形見として言うとっから、必ず正直に世の中を渡ってくれ」て。

「正直であってくれ」て。

「お父さんが、こいば形見と思ってくれ」ち言【ゅ】うて、ホッと、

お父さんが、とうとう亡くなんしゃったて。

そいから一【ひと】人【い】息子は自分ひとりで暮らしおったて。

そいで何年か経ってから、ある晩のこと、

大きな箱ば持って来た男が、ヒョロッと来て、

「私を匿【かくま】ってくれ。私、追われているから、私を匿ってくれ。

追手がじきそこに来ているから、道がここ、二通りにわかれているから、

あの、右の方に隠れているから、左の方に行ったと、ぜひ言ってくれ」

て、その息子に頼んだ。

しかし、

その息子は、

「私は、嘘は言えません。

私は、父親が死ぬ時に、『正直にあってくれ』て。『嘘は言っちゃいけない。

正直が私の言いおきで形見だ』て、親から言われとっけん、

私は、そんなに右に行った人を、左に行ったとは言いません。絶対言いません」

「もう、今度【こんだ】あ一遍もう、私には命ゃなか、捕まっぎぃ、

そいけん、

あの、この箱ばあんたに預けとっけん、あの、

追って来た男は、『あの、左に行た』と言うてください。

私ゃ右に行くから言うてくれ」て言うたぎぃ、

「いや、言いません。私ゃ、そんな曲がったこと言うことできません。

私ゃ、絶対あなたがどんなに願いなさっても

『右にいらっしゃったのを、右にいらっしゃったですよ』てしか言いません」て。

そいぎもう、

そんなガシャガシャ言っているうちにもう、

追手がガャアャガャて、四、五人声のしたて。

そいぎぃ、

ほんな椿の木のそけぇあった下に、男、こう屈【かが】んで身を隠しとったそうです。

そいぎ追手が、

「今、ここに逃げ込んだ男がいるだろう」て言うた。

「はい、おります」

「何処【どっち】の方に行ったですか」

「右の方に行って、今、椿の下に隠れちょります」て、当たいまえ言いよっ。

そいぎ

男は、じき立ってねぇ、ニヤニヤニヤ笑って、追手の役人も笑って、

そしてねぇ、

「お前【まい】は、本当に正直、嘘の言えない正直な男だっ」て。

「これは正直の褒美に、お前【まい】にやる」て言うて、

その大きな箱、蓋ば取ってみたぎぃ、金ピカピカ、いっぱい金貨が入【はい】っとった。

「正直者の褒美だっ」て、金貨の山のごと、大きか箱に。

そして、

追手の役人も褒めんさっ。

「無事に暮らせよ。その正直を大切にせろ。嘘を言っちゃいけないよ。お父さんの教えを守れ」

て、言うて帰った。

正直な褒美。

チャンチャン。

[一五四  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P429)

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