嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

ある所にねぇ、沢山【よんにゅう】子供のおっ家【うち】のあったてぇ。

子供んの多うして貧乏じゃったてじゃっんもんねぇ。

そけえ夫婦がおったてぇ。

あいどん、

明日【あした】お正月の来っとけぇ、餅搗く銭【ぜん】もなかにゃあ、

と思うて。

親父さんな門松どん切って来て売ろうかあ、

と思うて、松ば切って来て、

「門松、門松。松はいらんかねぇ」ち言【ゅ】うて、

もうそこん辺【たい】いっぴゃあ、町いっぴゃあグルグル、グルグル売って

歩【さり】いたいどん、誰【だーい】も買いたかーちゅう者【もん】ななかったちゅう。

もう五遍も回ったいどん、誰も買【こ】うてくれん。

困ったにゃあ、仕方【しよん】なか、仕方【しかた】なかたーい、

と思うて、町の外【はず】れでトボウトボウ来【き】おった時、

来さみゃあは見【み】ぇかからんじゃったいどん、

恐ろしか門構えした一軒の大きか家【うち】のあったちゅうもんねぇ。

「門松、門松。門松はよござんすかあ」て、言うてみたぎね、

門のギーて開【あ】いてばい、

髭【ひげ】の生えた立派な主人が顔ば出【じ】ゃあて、

「これ、これ。門松屋、門松は幾らだ」

ち言【ゅ】うたけん、持って行たぎぃ、

「ああ、これは見事な松だなあ」ち言【ゅ】うてねぇ、

松をこう眺めすが目して見よったとが、

「おう、全部くれ」て、こう言んしゃったてぇ。

そうしてねぇ、主人が言うとには、

「お前【まい】さん、お金が欲しいかあ。そいともこの坊主が欲しいかあ」

て、言んしゃったて。

この主人の横の方にはねぇ、

頭にはさ、瘡【かさ】のいっぱいできておろいか着物ば着て、

そうして

藁草履ひゃあたとの玄関先立っとってじゃんもん。

小【こま】ーか鼻たれ小僧じゃったて。鼻までたれて。

そうして、

こぎゃんもう正月の暮れの寒ーか冬じゃっとけぇ、

短【みーし】かかしっきれの一重物【ひといもん】ば着とったて。

そいぎぃ、

このお父【と】ったんなねぇ、お金が欲しかあて、もうお金ば餅搗くともなかけん、

と思うて売いぎゃ来た。

お金が欲しいとは喉【のど】から手の出【ず】っごとあったてぇ。

あいどん、

良【ゆ】う見よっぎその坊主が可愛そうかごたっ。

家【うち】ゃ沢山【よんにゅう】子供がおったいどん、

まちかーっと温【ぬっ】か着物ば着せとっ。

まちかーっと寒やしゃせんごとしとっ。

あいどんにゃあ、可愛そうかにゃあ、

と思うて、モジィモジィしおったぎぃ、ほんな玄関先、

太うか松の木に烏【からす】の飛んで来てぇ。

そうして、

「爺様、爺様。金よいか坊主を貰え、坊主を貰え。

カーア、カーア」ち言【ゅ】うて、飛んで行たちゅうもん。

そいぎぃ、そのお父【と】ったんなねぇ、烏に誘わるっ気持ちになって、

「ああ、銭【ぜに】っこよいかその子供【こどん】ば貰いまーす」て、

ちぃ【接頭語的な用法】言うてしもうたて。

「瘡ぶたの汚か小僧さんば貰う」て、ちぃ言うたて。

あいどん、そがん言うたもんじゃい、

「はい。これ」ち言【ゅ】うて、

その髭の生えた主人から坊主ば連れて家【うち】さい帰ったぎねぇ、

おっ母【か】さんがこの子ば見て、

叱【くる】う叱う。

「家【うち】はぎゃん沢山【よんにゅう】子供がおっとこれぇ、

子供の多うして貧乏【びんびゅう】しとっとこけぇ、

その上、また一【ひと】人【い】買うて来て。冗談【じょうたん】のごと、

何【なん】てまた」て言うて、腹かくて。

もう、お父ったんな小【こう】もなって、

「そいも、もう人間の子じゃっけん、折角貰うて来たもん、育ててみにゃあ。

ぎゃんして寒やかろごとして震えおっ」て言うて、

お父ったんな心の良か人じゃったけんねぇ、

あの、その子は我が連れ子のごとしておったいどん、

おっ母さんなこの坊主ば見しゃがすっぎぃ、睨【にら】みつけていじむって。

そいぎぃ、

お父ったん可愛そうに思うのに、その坊主はおっ母さんからいじめられて、

毎日泣いてばっかいおるて、

もうそのお父ったんにつんのうて歩【さり】いて離れんちゅうもん。

そいぎぃ、

夜【よ】さいのねぇ、我がと一緒にその、坊主ば抱【うじ】ゃあて寝おんしゃったぎ

夜【よ】さい、

「爺様、おしっこ、おしっこ」て、言うてじゃっもん。

そいぎぃ、

仕方なし連れて行たて、やーっと床に温【ぬく】もっぎまた、

「おしっこ、おしっこ」て、その坊主が言うて。

そいぎぃ、一【ひと】夜【よ】さい三遍も四遍も言うもんじゃっけん、

最後には爺さんがねぇ、

「『おしっこ、おしっこ』て、言わじぃ、我が一【ひと】人【い】行たてんのう」

て、言うたぎぃ、

「はい」ち言【ゅ】うて、一人で行たて。

あったぎねぇ、じき戻って来たちゅうもん。

「早かったねぇ。何処【どけ】ぇしたあ」て聞いたぎぃ、

「そこん、囲炉裏ん所の灰の辺【にき】したあ」て。

「そいけん、早かったもん。そぎゃん所【とけ】ぇ、小便すんもんじゃなかあ。

あつこは燃【むや】さんばらん」ち言【ゅ】うて、

爺さんも初めて叱【くり】いんしゃったて。

ところがばい、朝になって

お父ったんな、おっ母さんが

ぎゃん所ぇ、囲炉裏におしっこしたとば知っぎ叱【くる】うばい。

チョッと困っばいにゃあ、ちぃった灰ばかき混ぜとかんば、と思うて、

お父ったんなちぃった早う起きて、囲炉裏ん所に行きんしゃったぎばい、

灰の上に大判も小判も山んごとあってさ、

ピカピカしおったてじゃっんもん。

そいぎぃ、

お父ったんなねぇ、

「こら、婆さん。寝とらんてちゃ早【はよ】う起きろ。早う来てみろ」

て言うて、おっ母さんば起こしんしゃったぎぃ、

おっ母さんも起きて来て見たぎっと。

そうして、

渦高【うずたこ】う大判小判のあったもんじゃ、ビーックイしてね、

そうして、

二人【ふちゃいり】連れしてさい、

「坊主、坊主。お前【まい】のおしっこは銭【ぜに】っ子やったあ。

お前【まり】ゃ何処【どけ】おっかい」ち言【ゅ】うて、捜したいどんが、

その子はとうとう見つからんやったて。

そこん辺【たり】おらんやったて。

そいけん、徳ば持って来てくいたけん、

「ありゃあ、徳坊じゃったなあ」て、爺さんの言うて、婆さんも、

「ほんに人間の子をあぎゃんいじめて良【ゆ】うなかった。

まっとおってくるぎ良かったとこれぇ」て、

欲の皮のいっちょんねぇ、剥【は】げじぃ、欲出【じ】ゃあて、

「今から可愛がっとけ」て、言いないたちゅう。

そいばあっきゃ。

[一五二  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P426)

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