嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

ある所に殿様が、

将軍さんに自分の代わりの使いをやる

重要な役目を果たす家来を選ぶ試験ばしんさったちゅう。

誰【だい】ばやったが良かろうか。あいも良【ゆ】うなか、こいも良うなかあ。

あれはどうか、否、あれも難しかあ。これも難しかあ。

誰を使えば、我がと同じ重要な物ば持って行かんばらんのを

立派に果たすことができるかと、困って考えられた末、

余【あんま】い偉か者【もん】ばやっぎぃ、諸国の大名さん達が知っとっけん、

途中でいち殺すかもしれない。

そいぎぃ、

城内の者から選ぶことも危ないと殿さんは思われて、

こりゃ、一般の住民から選ぼうと、

その殿さんは広場の所【とけ】に立札を立てんさったて。

そいぎぃ、書【き】ゃあてあっとは、

「身分の高い低いはちぃっとも関係ない。

真面目に仕事ばしてくるっ者ば御殿に一【ひと】人【い】雇う」

て、こう書いちぇあったて。

どう読んでも、たった一人選ぶて。

身分の高か低いは関係はない、て書いちぇあったて。

そいぎぃ、

誰でん仕事のなか時じゃったけん、ぜひ役人に取り立てていただきたか、

と思うて、方々から希望して来るものの多かったちゅう。

そいぎぃ、

殿さんのねぇ、大勢の中からねぇ、

もうほんに魂のしっかいしたごたっとば二【ふた】人【い】選びんさいて、

その二人の者に殿さんは自ら、

「お前【まい】達、チョッと来い」ち言【ゅ】うて、

御殿に井戸んあった所【とけ】ぇ連れて行かれて、

井戸の所に太【ふと】か笊【ざる】の用意されとったのを指差して、

「これ、二人の者。この笊がいっぱいになるまで、夕の暮れるまで、

井戸から水を汲み溜めてくれ」

て、ぎゃん言んしゃったて。

そいぎぃ、

二人のうちの一人はさ、

「ぎゃあーん笊になんて水の溜まろう。お前、そがん馬鹿げたことをすっかあ。

私【わし】ゃ、こぎゃん骨折い損のごたとはしとなか」

て言うて、

「ふうけた【馬鹿ナ】ことはすんもんかあ」

と言って、サッサと去って行たちゅう。

もう一人はジーッと考えよったて。

殿さんにも何かお考えのあってのことじゃろう。

この笊に水ば汲みよっぎにゃあ、何じゃいあっじゃろう。

もう、心はこう考えて。

とにかくやってみゅうで思うて、

セッセセッセとその井戸の釣べは上げて水ば汲み出【じ】ゃあたて。

そして、

ザアーて下ろすぎぃ、ザアーてこぼるっちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

水は溜まるどころか全部【しっきゃ】あ流るっ。

長【なん】か夏の日も、とうとう西に傾くまで井戸水を汲んだもんで、

水は少のうなって底をかするようにバサーバサーて、音を立てる。

そいどん、一生懸命その一人の男は汲みよったちゅう。

そうして、

その男がもう井戸の水の少ないのを汲み上げた時はもう日暮れ、

そん頃、殿さんはみえられて、

「どうだなあ」て、言んさった。

そいぎ男はねぇ、井戸の水ばダアーて、笊の中に水ばこぼしたらねぇ、

小判がさ、サラサラサラって、こぼれたちゅう。

そいぎぃ、

殿様は、

「その小判は、お前の物だよ。お前にやる」て、言んさったて。

そうして、殿さんが言んさっには、

「私【わし】が、『うん』と、言うまで守ってくれて有難う。

お前はほんに理屈ひとつ言わず、水の溜まらんことも承知の上で、

私の言いつけばよく守って水を汲んでくれた。

この水を底まで汲まんぎぃ、恐らくこの小判は井戸から上がることはなかったろう」

て言うて、殿さんはねぇ、

「この男こそ、信用しても良い男じゃ。

この男を自分の代わりとして将軍さんへの使いを頼もう」て言うて、

安心して重要な役目をこの男に頼みさいたて。

そして、その男は役目を果たすことができたと。

そいばあっきゃ。

[一四七  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P421)

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