嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

大根を問屋から買【こ】うてさい、商売して歩【さる】きよっ男のおったて。

そうして、問屋に毎日大根ば仕入れては、

そのー荷ば五百文で仕入れて大根ば売って歩きよったて。

ところが、

一日中町ば「大根、大根」ち言【ゅ】うて、売って歩いても

いっちょん【全然】売れじぃ、

そのー荷の大根ば売って、その人は二百文だけ儲けしおったて。

その二百文で米も、焚物も、醤油も、そして、ちかっと【少シ】飲むお酒も、

子供の駄菓子やら消えて仕舞【しみゃ】あよった。

ほんなー荷に担【にゃ】あで、その家の我が暮らしば立ておったて。

そして、

残いの五百文な、また明日【あした】大根ば仕入れの資金じゃったて。

何時【いつ】もんごとー荷の大根ば担【いの】うて、

「大根、大根」ち言【ゅ】うて、朝から行きおったいどん、

いっちょん財布の中【なき】ゃあ一銭も買【こ】う手のなし、溜まらんじゃんもん。

もう夕方にもいちなったて。

そいぎぃ、ある門構えの立派な家【うち】の表で、

「大根屋でございまーす」ち言【ゅ】うたぎぃ、

中から、

「こりゃ、大根屋ー」て、呼び止められたて。

「ああ、良かったあ。誰【だい】じゃい買【こ】うてくんさっ。米が買わるっ。

明日【あしちゃ】あ、米は食われんごたったあ。まんまは食べられんごたったのに」

ち言【ゅ】うて、その家に入って行たて、荷を下【おろ】ろすぎぃ、

「その大根は幾らかあ」て、主人が出て来て、聞きんしゃった。

「これは、三本で百文でございます」て、言うたぎぃ、

中ん人が、

「チョッと高【たっ】かぞう。半分にはされんかあ、負けろう」

て、言んさったて。

「どうぞ、三本を百文で買うてください。問屋で仕入れた大根で負けられません」

て、その人が言うたら、もう障子ばバターンて、閉めて、

「では、お断わり」ち言【ゅ】う声じゃったて。

大根屋は、これだけはせめて売って行かんぎぃ、米代でんならんて。

米を買う銭【ぜん】の欲しかにゃあ。親も子もひもじい思いをせんばらんて。

困って、フッと見たぎぃ、縁先に立派か金盥【かなだらい】があったて。

そうして、

今その家【うち】ん者【もん】は髭ば剃ったのか、水ば入れたまましちぇあったて。

そいぎぃ、

そこん辺【たい】人のおらんとば見て、その金盥を大根の下に隠して、

そうして、大根を上から被せておったら、

また障子が、ガラーッて開いたけん、もう大根売ゃ、ビックッとしたいどん、

そこの主人の顔が見えたて。

そして、

「これ、これ、大根屋。その大根をみんな買うぞ。縁に並べて数えてみろ」

て。

そいどん、

大根屋は大根の下に、その家からおっ盗【と】った金盥のあっもんじゃっけん、

モジモジして、大根は一本も買うてくんさらんぎ良か、

と思うもんじゃっけん、

「大根は一銭も負けられません」て、言うたぎぃ、

「いや、値切りはしない。その大根みな買う」て、こう主人が言んしゃったて。

そいぎぃ、

大根はどうかして売らじもう、逃げたかあ、我が泥棒ば初めてしたけん逃げたかあ、

と思うて、

「何本お入り用でしょうかあ。端【はした】売りはできませんが」

て、言うたぎぃ、

「いや、『全部買う』て、言ってる。この縁に並べてくれ」

て言うて、主人が言んしゃって。

そいぎぃ、

大根屋は金盥を盗んでいるもんだから、顔は青うなって、ウロウロして。

ちゃーあんと、そこの主人は知って、見届けて、

「そんなに慌【あわ】てんでもいい」て。

「金盥から先に出して、大根の数を早いとこ数えよ」て。

そいぎぃ、

そこまで見抜かれとっと思うて、大根屋は全身冷や汗でジックイなって、

ワナワナ震えながら、金盥をソウッと出【じ】ゃあて、

手をついて、

「檀那様、悪いこといたしました。

どうぞ、お許しください。このまま帰ります。

私ども親子、日干しになります。食べることもできないところでした。

お許しくださいませ」

ち言【ゅ】うて、もう頭を地にすりつけて、詫びたて。

ところが、このご主人は気立てのとても良い人だったから、

「私【わし】は、お前の言うとおりに三本三百文で買う」て。

「そして、そのついでにその金盥もくれてやるから、持って行け」て。

「貧乏の盗みと言っても、悪い心がけには変わりはない」て。

「この金盥という物は、顔や手足を洗う道具であるけれども、

心を洗【ある】う道具にしてくれ」て。

「お前【まい】の無礼は咎【とが】めない」て。

「これからお前は、この金盥を見て、

『悪い心を起こさない』て言うて、心を洗ってくれ。

この金盥をついでに持って行け。私【わし】が進ぜる」

て言うて、七百文の銭【ぜん】と金盥も、その大根売りに持たせてやんさったて。

もうでき心の盗みはしないと、その男は固く誓いました。

そいばあっきゃ。

[一四五  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P419)

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