嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

ある所に盲【めくら】のおっ母【か】さんと息子と暮らしおっとこのあったて。

息子は毎日、草鞋【わらじ】を作いながら、

おっ母さんの世話ば良【ゆ】う優しゅうしよった。

ほんに孝行息子やったて。

そいどん

息子が良う考えてみっぎねぇ、

おっ母は我が子の自分の顔も、子の顔も見えじ悲しかろうだあーいて、

こう思うたて。

そいぎぃ、

どうーかして、薄ボンヤリでん良かけん、自分の顔を見ゆんようにしてやいたかなあ、

と思うたもんじゃ、物知りさん所【とこ】に尋ねて行たて、

「私のおっ母の目の見ゆうようにする方法はなかろうか」

て言うて、相談してみたて。

あったぎねぇ、

物知りさんの言んしゃっには、

「こっからチョッと遠いが、南の国に天狗岳ちゅうとのあっ」て。

「そけぇ行くぎ窪【くぼ】ん中に、頭の天辺【てっぺん】の見ゆっごと

高【たっ】か山に天狗さんのおらす」て。

「そん人はもう、ちょうーど世の中の病気でん何【なん】でん、

治【ゆう】なすごと物知りて。

そこに行たあて、一遍聞いてみたらあ」

て言う、物知りさんの答えじゃった。

あいぎぃ、

息子はどんなことがあっても、天狗岳ちゅうとのあって、

ヒョッとすっぎおっ母さんの目の治【ゆう】ないないば、

そこまでも行たてみゅうか、て決心したて。

そいぎぃ、

もう、おっ母あに、

「しばらく旅に出て来【く】っから、

あの、どうにかお隣【とない】の人にでも世話なって、

暮らしおってくれぇ」

ち言【ゅ】うて、出かけたて。

私【あたし】ゃ、どぎゃん【ドンナニ】難儀【なんぎ】してでん良か。

お母さんの目ばいっちょ良【ゆ】う目【め】ぇかかごとしてやりたかあ。

いうその一心で自分の家【うち】を出て、三日目にねぇ、

あの、昔からの長者さんの家【うち】に泊まったちゅう。

そいぎ長者さんの、

「お前【まい】さん何処【どこ】行きやっ」

て、言うから、

「実は、おっ母の目ば治【なお】したしゃ、

天狗岳には良【ゆ】う何【なん】でん、

人間の病気ば治【なお】しんしゃっとのあってやけん、そけ聞き行きおう」

て、打ち明けたら、

「そうやー。そいないば、家【うち】の娘が一【ひと】人【い】おっばてん、

生まれてから一歩も歩いたことなか。こいば治す方法のあいどもわからんけん、

聞いて来てくれやあ」

て言うて、長者さんから頼まれた。

「はい。ついでだから聞いてきます」

ち言【ゅ】うて、またズーッと行きよったぎぃ、

今【こん】度【だ】あまた、

あの、ある家【うち】に泊まった。

そいぎぃ、

「何処【どけ】ぇ行きおっかあ」て。

「私【あたし】ゃ、天狗岳の天狗さんに会【や】あ行きおっ」

言【い】うたぎぃ、

「ああーん、そぎゃんやあ。そぎゃん遠かばってんなあ」て。

「遠かとも、どんな難儀も、どんな遠方でも構いかまいません」

ち言【ゅ】うて、

「ぜひ行たて、何【なん】の病気でん治【なお】しんさあ。

『どがんこってん知っとんさっ』て、やけん行きおー」

て、言うたら、

「そうやあ。そんないば、ついでにちゅうて悪かいどん、

家【いえ】の前の柿の木、十五年もなっとるに、

いっちょん実の生ったことなかあ」て。

「あい、ありゃあ、どういうわけじゃいろう、一遍聞いて来てくれんかあ」て。

「はい。いいですよ」ち言【ゅ】うて、承知してねぇ。

そうして、

「お前【まい】のいよいよ『実の生らん』て、天狗さんの言わすぎもう、

あの柿の木いち切ぃけん」て、言うことじゃった。

「お前【まい】の返事ば待っとっけん、無事帰って来【こ】いよう」

て、言うこっじゃった。

「はい」ち言【ゅ】うて、またドンドン、ドンドン

「天狗山―、天狗山ー」ち言【ゅ】うて、行きよった。

あったぎぃ、

山が険しくなってじゃもんねぇ。

あいーどん、ここまで来て、こいば止むっわけいかん。

いろいろ途中で頼まれごともしとっとこれぇ、困ったにゃあ、

と思って、

もう険しか山に蔓【つる】につかまえ、飛び移いしたいして、

その、山険しか所【ところ】ばズーッと行きよったぎぃ、

目の前にねぇ、恐ーろししか高【たっ】か山の聳【そび】えとっとの

見えたちゅうもん。

こりゃ、人間どま、あがーん屏風のごた高かとは登りえんにゃあ。

雲ん中【なき】ゃあ天辺【てっぺん】の先の見ゆっけん、

あの山が天狗山に違【ちぎ】ゃあなかあ、

て思うて、見よったぎねぇ、

ほんな足元で、

「何【なん】しに来たあー」ち言【ゅ】う声のしたちゅう。

そいぎぃ、

この男ビックリして良【ゆ】う見てみたぎねぇ、大蛇やったて。

そいぎんともう、

大蛇でん、そがん問うたもんじゃい、

「実はなあー、私【わたし】のお母【っか】あは目の見えず私の顔もわからん。

そいけん、

どがんすっぎ良かやろう、聞きに来た。

そいで『子供の歩かん』て。『そいが、どがんわけで歩かんか』そいも頼まれたあ。

そうしてまた、来よったぎぃ、『柿の木の十五年も経って実の一遍も生らん』て。

『そいぎ聞いてきてくれ』て。こいも引き受けてきたけん、

こいのまま、ここで目の前、天狗岳の見えて引き返すわけいかん。

どぎゃんすっぎ良かろうかて、思【おめ】ぇようー」て言うて、

この男が打ち明けて話【はに】ゃあたぎねぇ、その蛇が言うには、大蛇が、

「実は俺【おれ】もなあ、海に千年、この山にも千年以上棲んどっ。

そいどん、頭の所【ところ】に何【なん】か重―とうして、

もーうにゃ位【くり】ゃあ上げして天さい登っても良かとないどん、

頭の重【おふ】とうばっかいで、天に登いえじおっ。

そいぎぃ、

それもついでに天狗さんに聞いて来てくれやあ」

て、こう言うた。

そうしてねぇ、

「天狗山の岩までは、

俺【おい】の頭の角の二本あっとにしっかいつかまっとっぎぃ、

俺【おれ】がそこまでぐりゃあは、こうー首ば持ち上げて運んでやっていいよう」

とまで、言うてくいた。

そいぎ人の良か男は、目の前に天狗岳ば見たばっかいで、帰っとはあんまいじゃ、

ここまで苦労して来たとこれぇ。

その大蛇のお世話にちぃなっかあーて、決心したて。

そいぎ

大蛇が、ソロソロ岩ん中【なっ】から出て来た。

そうして、

男ば頭ん上のせてくいたっちゅう。

そうて、

精一杯その大蛇が首ば伸ばしてね、

手前の山から向こうの屏風んごたっ山の所まで、

首ばズーッて、伸ばした途端に男は向こう側の天狗山さん

パーッて、乗り移っことができたて。

そいでも、乗り移りゃあしたけど、まあーだ上ん方じゃったけん、

良か塩梅【あんびゃあ】藤蔓の太かとんあったけん、

それつかまって登ってみたて。

あったぎ

山の上に小【こうま】か家【うち】の、小屋のあったちゅうもんねぇ。

そして、こうして見たぎぃ、

年取った天狗さんの二人【ふたい】、碁ば打ちおんさいたて。

そいて、男の来たとも知らーん振いして、

何時【いつ】まっーでん碁ば打ちよんさっ。

男は表【おもて】で待っとったいども、何時まで経っても果ての中んもんじゃっけん、

「実は天狗さーん」ち言【ゅ】うて、

「お尋ねに来ましたあ」て、声ば高【たこ】うして言うたぎぃ、

顔中【かおじゅう】真っ白か鬚【ひげ】の生【お】えとんさっ天狗さんの、

ヒヨッて【不意ニ】振り向いて、

「尋ねごとちゅうぎ何【なん】やあ」て、言わしたて。

ああー、良かったあ、て思うて、

これまでの苦労してきたとば話【はに】ゃあーたぎぃ、

その天狗さんの言んしゃには、

「その願いごと、三つしか適【かな】えられんばい」て、こがん言う。

そいぎ男は考えてみっぎぃ、

願いごとば聞くとは四つあって。

いっちょは足の立たん娘んこと、いっちょは柿の木の生らんこと、

まあいっちょは大蛇の頭の重【おふ】とうして天にも登いえん

ていう託【ことづ】けもんが三つあっ。

そいで、

まいっちょは、おっ母【か】さんの目の開かっと。

そいどん、

三つしきゃ適えられんぎ困ったにゃあ、

と思うて、そいどん人から頼まれたことを先にして、

我が家【え】のことをまた、貴重な道もわかったけん、来ることにしよう、

と思って、その、まずここまで運んでくいたとは、あの大蛇じゃったけん、

と思うて、頭に、大蛇の頭に瘤のあって、頭の重【おふ】とうして天竺に登られん、

て言うとば先に聞いた。

そいぎぃ、

その天狗さんな、

「ああー、それかあ。頭は重いだろう。

あそこにはねぇ、石んごと硬か玉の入っとっばあ」て、言んしゃったて。

「そいぎぃ、まあいっちょ柿の木はー」て、聞いたら、

「ああー、十五年も実の生らんはず。その柿の根元には千両箱の埋まっとっもん。

その千両箱しゃが取おぎぃ、根のズーッと、自由に伸びて実のなったあ。

間違【まちぎ】ゃあなし実が生っぞ」

「まいっちょ、娘のいっちょん生まれたとっから歩かんとやあ」

「そりゃあね、簡単。初めて会【お】うた男と夫婦になすぎぃ、

じき歩いて歩【さる】くよう」

こういうことやったて。

そいぎぃ、

あいどん四つになっけん、おっ母さんの目のこと言われんにゃあ。

こいがいちばん、このことで来たけど、て思うたけど、仕方ないて思うて。

「有難うございました。有難うございました」て言うて、もう深くお礼ば言うて、

山を降りかけたら、大蛇がじきぃ助けや来てくいとったて

。そうして、岩穴ん所【とこ】まで降りっことのでけたと。

そうして、

そこで、

「大蛇君。あなたの頭には割らんばらん。ここに重【おふ】たか玉の入っとっ」て。

そいぎもう、どがんしゅかていろいろ考えて、

幸いこの男は、ヒョッとの時、自分が命ば守るための短刀ば腰に下げとった。

こいで、大蛇はちぃと痛い目に合おうがと思うて、

「痛い目合うぞ」て、言うたら、

「かんまん、かんまん」て、大蛇が言うもんだから、頭を切り開いて、

そうしたぎぃ、立派なな玉の入【い】っとった。

そういう、その大蛇が言うには、

「どうぞ、お礼にその玉はあんさん持って帰ってください」

て、言われた。

そうして、そぎゃん声も終わらんうち、

大蛇は雲ば呼んで、天に、空さん昇って行ってしもうたて。

そいぎぃ、

その男は玉を一つ大事に抱えて、今度【こんだ】あ柿の木の家を訪ねたて。

あったぎ、

村ん者【もん】な集まって、

「ほんなこてあの男は帰って来ゆうかあ。

何【なん】じゃい獣からいち【接頭語的な用法】食われて死んでも、おんみゃあか」

て言うて、ガヤガヤ言いおんしゃった所に、その、来【き】んしゃった。

「ああー、無事に来たない良かった。第一ご苦労やった」

て、皆から言われて。

そうして、

「その柿の木の生らんとは、天狗さんに聞いたぎぃ、千両箱の埋まっとってばい」

て言うたぎぃ、

「そんない早速」ち言【ゅ】うて、

大勢の人達に加勢すって手伝【てつど】うてもろうて、

掘い始めたぎぃ、

千両箱のいっちょじゃなし三つも埋まっとった。

そうぎぃ、

そこからは、

「三つもあったけん、いっちょの千両箱をお礼にやるよっ」て言うて、

千両箱を貰【もろ】うて、

今度は長者さんの家【うち】うちまで来たて。

もう長者さんの家【うち】来た時、夜中やったて。

あったいどん、

「使用人も主人もヒョッとすっぎぃ、

今日あたり帰んさっ時じゃいわからーん」ち

言【ゅ】うて、起きて待っとんさった。

そいぎぃ、

男が、

「実は、ほんに申し上げにくいことだが、

こちらの娘さんに効く薬や方法は何【なーん】なーもなか」て。

「娘さんが、いちばん口【ぐち】会【お】うた

若【わっ】か男と夫婦になすぎ歩き出すちゅう。

そういうことやった」て、話【はに】ゃあたぎぃ、

話の終わらんうち、隣【とない】の襖【ふすま】のソーッと、開かって、

まあーだ歩いたこともなかった娘が、シャーンっと立って歩いて、

「お父【とっ】さん、おっ母さん」て言うて、来たぎぃ、

この男もビックイしたて。

そーいぎぃ、

家【うち】ん者【もん】な長者さん達ゃ大喜びで、

「ああー、あんさんのお陰じゃった、初めて歩いた。

あんさんがその聟さんになるいちばん目会うた男だったに違いなか。

ぜひ、家【うち】の娘の聟さんになってください」ち言【ゅ】うて、

もう一心に頼みんさった。

そいぎ

娘は、

「私【わたし】が『うん』て、言うわけいかん」て。

私【あたし】の家【うち】は貧しくて、しかも盲の母親が待っています」

て、言うたもんだから、

「そいじゃあ、そのおっ母さんには許しば請う」て言うて、

家【うち】ん者【もん】もついて来て、あの、おっ母さんに、

聟さんばください、て言いや、家の者までつんのうて、お家【うち】に帰んさったて。

あったぎねぇ、

駕籠に乗って長者さん一行の男の家【うち】に来たて。

「ただいまー」と言って、盲のおっ母さんに、

「今まで、この天狗岳まで行ったこと、もうこのお母さんの目の開かっごと

一心願うじゃったけん」

て言うて、その、目の前、皆に話をした。

そうして、

「途中、大蛇からはこれを貰【もろ】うた」ち言【ゅ】うて、

玉を取り出したぎぃ、おっ母さんのどらーって、

目を玉ん辺【にき】やったぎぃ、パチイッて、目の開かって、

「わが息子、こんなに立派な息子じゃったか」て言うて、

お母【っか】さんな、そこで、ヨヨと泣き出しんさったて。

あいどん、

「うちの息子で良かったら」て、お母【っか】さんな言うて、

長者さんの家【うち】にめでたく、その、孝行息子は聟入りすることができたて。

親孝行したばっかいに、一生幸福に送れた。

チャンチャン。

[一四四  本格昔話その他〕

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P416)

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