嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねえ。

おっ母【か】さんと、女の子とが村はずれに寂しゅう暮らしとんしゃったてぇ。

ところが、

おっ母さんが病気になってねぇ、寝つきんしゃったて。

女の子は、心配して、熱心にお母さんの側ば離れじぃ看病ばしおったいどん、

いっちょんお母さんの病気は治【よ】うならじ酷うなっばかいて。

そうしてねぇ、

その夏は温【ぬっ】かちゅうもん。

恐ろしゅう日照りで雨いっちょでん降らんやったてぇ。

そうして、

お母さんの痩【や】せてねぇ、女の子に、

「水飲みたかよう。水ば欲しかあ」て、言んしゃって。

お母さんに女の子は水ば飲ませたかもんじゃい、

そこん辺【たい】、水のあんみゃあかにゃあて、行たてみっどん、

そこん辺【たい】いっぴゃあ旱魃で水は何処【どこ】ーも溜まっとらん。

井戸でん水のなかちゅう。

そいぎぃ、おっ母さんの言んさっには、

「山奥にねぇ、長【なが】か杓子ば持って行くぎぃ、

泉のあっけん、あすこから汲んで来てくれんねぇ」

て、言うてねぇ、お母さんの、

「あすこの水ば飲みたかあ」て、言んさっもんじゃっけん、

泉のあっていう所ばお母さんから聞いて、

女の子は、ドンドン、ドンドン、山さい行きよったぎぃ、

山の木の茂って昼でん暗かごとあったてぇ。

一時【いっとき】しおったぎねぇ、

ポチャーポチャーって、

何【なん】か水の落ちよっごと音のしおってじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、

その女の子は、そいば、水の音ば聞いて元気の出たもんじゃい、

その水の音ば頼りに走って行たぎ、

ほんなこて岩ん苔の中から、水のポチョッポチョッて、落ちよったて。

あらー、泉の所【とこ】の水は涸【か】れとったいどん、

こけぇ水の落ちおっと思うて、杓子ばそけぇすけたぎぃ、

そいぎ青かきれいか水のポチャッポチャッて、落ちて

一時【いっとき】辛抱しとったぎぃ、水の杓子にいっぴゃあ溜ったちゅう。

ああ、良かったあ。こいば、お母さんに早【はよ】う飲ましゅう

と思うて、その今まで暗かごたっ木の茂っとっ山も通ってねぇ、

来【き】よんしゃったぎねぇ、

鳥【とい】のさあ、飛うで来て女の子の持っとっ杓子の柄に止まってね、

「水が欲しい。水をください。私ゃ、もう死にそうです」

て、その鳥のもの言うたちゅう。

そうして、その杓子の柄に止まっとった鳥のパチャーンて、

かっかえて倒れたちゅう。

そいぎ

女の子は、

「私も苦労してやっと見つけた水ないどん、さあ、お飲み」

ち言【ゆ】うて、

その鳥に水ば飲ませたぎねぇ、鳥は元気になり、

「有難う」ち言【ゅ】うて、何処【どこ】さいじゃい飛うで行たて。

良かったあ、て思うて、女の子は優しか心じゃったけん嬉しゃね。

そうして、

その森【もい】ば通い過ぎたて。

あったぎ

今度は、痩【や】せこけた兎のそばさい来て、

「喉がカラカラで、もうじき死のうごたっ。

少ーしでいいから水をください。ちぃっと飲ませてください」

て、また言うたて。

そいぎ

女の子はねぇ、こりゃあ、お母さんに飲ますっ大事な水じゃっとこれぇ、

ようようして水ば手に入れたとこれぇ、

と思うたけど、恐ろしか痩せこけた兎ば見よったぎぃ、

可愛そうでたまらじぃ、

「そいじゃ、ちぃっとお飲み」ち言【ゅ】うて、飲ませんしゃったあて。

あったぎねぇ、

その兎も、

「有難う。有難う」ち言【ゅ】うて、通り過ぎて行たて。

あったぎぃ、

犬が今度はやって来てさい、痩せこけとったて。

この犬も、

「水をください。水が欲しい」

て言うて、舌ばペロペロ出【じ】ゃあたい、ハアーハアー言いよんもんじゃい、

「そいじゃ、ちいっとお飲み」ち言【ゅ】うて、やったぎもう、

軽【かーる】杓子のちぃなったて。

ああ、お母さんが待っているのに、こんなに少【すく】ーのういちなった、

と思うて、大事に抱【うじゃ】あたごとして、

そうして、

その娘ん子はねぇ、家さい急ぎおったぎね、

もう家のじき見ゆっ所に来たぎねぇ、

恐ろしか痩せこけて青ーか顔色したお爺さんの、背の高【たっ】かとの来てねぇ、

「私にも水を飲ませてください。ほんの少しでいいから水をください。

このとおり私も倒れそうです」

ち、こがん言う。

もうちぃっとしきゃなかとこれぇ。

この爺さんに杓子の水ば飲ますっぎもう、お母さんに飲ますっ水はなかーあ、

と思うて、ああ、どうしょう。ほんに困ったーあ、

と思うてねぇ、娘ん子は、チョッとお爺さんの目ばっかい見おったいどん、

爺さんば見おったぎぃ、水ば飲ませじおられんじゃったてぇ。

そいぎぃ、

その杓子ごと差し出ゃあたぎぃ、お爺さんは丁寧に、

「有難うー」ち言【ゅ】うてねぇ、杓子ばおし戴いて、

そうして美味【おい】しいそうに杓子の水ば飲みんしゃったてねぇ。

あったいどんねぇ、

娘ん子はねぇ、

「もう折角、お母さんが死ぬごとしとんしゃっけん、

お母さんに飲ますっために来たのに、お母さん飲ませる水がない、水がない」

ち言【ゅ】うて、

そこで涙ばポロポロこべぇてねぇ、もう泣きんしゃったて。

一時【いっとき】座って泣いていたが

もう一度杓子の中ば見んしゃったぎね、

恐ろしか青か澄みちぎった水がねぇ、その杓子にいっぴゃあ溜まっとったてばい。

そして、

そのお爺さんの姿は消えたごと何処【どこ】にもなかったちゅう。

そいぎぃ、その娘はお母さんに杓子ば抱えて行たてね、

「お母さん。さあ、お飲みなさい」ち言【ゅ】うて、

お母さんにその水ば飲ませんしゃったてぇ。

そうして、今までんことば、

「もう、皆が、『欲しい欲しい』ち言【ゅ】うて、

動物でん鳥でんやってきたいどん、

ほんに戸口に来てから、痩せこけたお爺さんの、

『欲しい』て、言んさったけん、困った困った、と思いながらやったけども、

お爺さんは、『おいしい』ち言【ゅ】うて、スーッとき消えて、

無【の】うなんしゃったあ」

て、話したら、

お母さんが、

「きっとあの方は神様だったのよ」て、言うてねぇ。

お母さんは、この水を飲んでから元気が出て、

そうして日に日に病気が治っていって、

お縁まで出てね、

「お空を見たーい」ち言【ゅ】うて、縁側に出て来んさったて。

もう夜じゃったちゅう。

そうして、

娘ん子と二【ふ】人【ちゃい】で空ば見んしゃったぎねぇ、

ちょうど杓子の形をした星が空にもあったてぇ。

そいぎぃ、

「やっぱりあの、お爺さんの神様が

お前【まい】の優しい親孝行の褒美に一杯の水をくださったんだよ」

て、娘の子にお母さんなしんみり語んさいたちゅう。

母と娘はそれから元気で暮らすことが出来たちゅう。

そいばあっきゃ。

[一四三  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P414)

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