嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかし。

ある田舎にねぇ、もう年取ったお母【か】さんと二【ふた】人【い】の親孝行の男が暮らしおったてぇ。男は若いのにも似合わず、恐ろしかお地蔵さんば信仰しょったてじゃんもん。そいでもう、お母さんと大変、お母さんを大事に暮らしおったいどん、そのお母さんなさ、まくわ瓜【うり】が大好物じゃったてぇ。家【うち】がそいども貧しいので、まくわ瓜いっちょでん買うことができじおったてぇ。

そいぎぃ、ある夏の晩のこと、お母さんが、

「瓜が食べたいなあ。まくわ瓜を美味【おい】しかもんなあ」て、言うもんじゃい、この親孝行息子は、そんな泥棒すっ気はなかったけれども、心ん中でお地蔵様に一生懸命、

「ほんに今夜はお母さんな、余【あんま】い頼むけん、望みばとどけてやりたか、瓜を私が盗むことを悪いと知っておりますけど、どうぞ、母親が余い欲しがるもんで一度だけお見逃しくださいませ。本当、よろしく頼みます」ち言【ゅ】うて、拝んで、近所の瓜畑に夏の晩行たちゅうよう。

そうして、恐る恐る、ソッとビクビクしながら、その畑からねぇ、瓜ば盗【と】って来てお母さんに食べさせたて。おっ母【か】さんな盗んで来たとも知らじぃ、

「ほんに美味【おい】しい。ああ、命が長生きしたごたっ。美味しいねぇ」て言うて、そん瓜を食うて味くろうて、

「また、瓜が食べたい、瓜が食べたい」て、無理【むい】なことば言んさっちゅう。

「もう一つだけ食べさせてくれよ」言うて、息子に言うもんじゃい、息子もまた渋々、畑に盗みに行たて。

ところがねぇ、畑の持ち主は昨夜瓜【うい】ば盗まれたことば知っとったとよ。そいぎぃ、今度瓜【うい】ば盗みぎゃ来っぎぃ、酷か目あわすっぞう、と待ち構えとったてぇ。そいは何【なーん】も知らんもんやっけん、コッソリ息子は畑さい行たちゅうもんねぇ。そいぎぃ、畑の持ち主が刀を抜いて来て、

「えい」ち言【ゅ】うて、息子に斬りつけたてぇ。

そいぎねぇ、息子は斬られたもんじゃい、その場ば気ば失うたてじゃんもんねぇ。そうして、夜中にフッと、目を覚ましてみたぎぃ、肩さん手をやったいどん、確かに斬られたいどん、肩ばこう撫【な】でてみても、何処【どこ】ー見ても傷口のなかちゅうもん。

そいからまた一方、畑の持ち主は、畑の持ち主で、ほんに瓜のいっちょや二つ盗んだぐらいで、俺【おい】が刀で人ばいち【接頭語的な用法】殺すなんて、余【あんま】いしたこっちゃたにゃあ、あん男は死んだじゃいわからん。ほんに大罪ば起こして、こりゃあしもうたあ。ほんなこて困ったにゃあ、と思って、確【たし】きゃあ、あすこの家【うち】の息子ばい、と思うて、その息子の家の近くまで行ってみっ。ジーッと様子ば聞いてみっぎぃ、息子は傷いっちょしとっごたっ様子じゃなか。おっ母【か】さんの仕事をまめまめとしおっし、ありゃ、そいぎぃ、人違いしたとやろうかにゃあ、と思うて、おったてぇ。おかしかにゃあ、と思いながら、地蔵さんのお堂の前ば通ってみたぎぃ、人の沢山【よんにゅう】ガヤガヤガヤ寄っとっちゅうもん。何【なん】じゃろうかあ、ち思うて、見てみたぎぃ、お地蔵さんがさ、肩口、こんよに硬か石ば太う斬り割られておんさっ。

「不思議かあ」て言うて、皆が言うて見おったちゅう。

そいぎぃ、心の中であの瓜の畑の持ち主ゃ、昨夜の瓜盗人はお地蔵さんじゃったとやろうかあ。ああ、畏【おそれ】多【おお】かことばしたあ、て思【おめ】ぇおったら、あの孝行息子が、「ハーハー」言うて、駆けつけて来て、

「今までの経緯【いきさつ】をごめんなさい」ち言【ゅ】うて、自分の罪ば打ち明けたて。そいぎぃ、畑の持ち主も近所の人達も、

「こりゃあ、あんたの親孝行の褒美ば、お地蔵様の守【まぶ】ってくんさったとばい」て言うて、そのお地蔵様は、そいから先ゃ、皆に「身代わり地蔵さん」て名づけられたて。

そうして、お地蔵さんの親孝行じゃったあんたを死なせてならん、と思って、守ってくんさったとて、皆が納得して許してやったて。そうして、そのお地蔵さんは、「身代わり地蔵さん」ち言【ゅ】うて、皆が崇め奉ったて、いうことです。

そいばあっきゃ。

〔一四一  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P413)

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