嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

とても貧乏の人がおって。

その貧乏の人の家にもお宮さんのお祭いの回い役がきたて。

そいぎぃ、

神主さんとか、世話役さん達とか、家【うち】でご飯ば出さんならんやったて。

ところが、

自分の食べる皿とかお椀とかはあるけれど、

お客さんに出すとまでは余分に持っとらんじゃったてじゃんもんねぇ。

そいぎ

年中、道ば歩くてちゃ、

「椀もなかあ。膳【ぜん】もなかあ。何【なーん】もなかあ。

どぎゃんしてお客さんば呼ぼうかあ」て。

「ほんに苦になる。苦になる。椀もなか。膳もなか」

ち言【ゅ】うて、その貧乏な男は道を行きおったちゅうもんねぇ。

そいぎねぇ、

峠の所の石ん所まで来たぎねぇ、

椀と膳と十人前ばっかい積んであったて。

そいぎぃ、

あら、不思議かねぇ、と思うて見よんさったら、

「どうぞ」て。

「これをお使いになったら、また返してください」

て、その石がもの言うちゅうもんねぇ。

「あらー、借りらるっとばいねぇ。不思議な石もあるもんじゃあ。

そいぎ借って行こう」

ち言【ゅ】うて、

その男は、そこから椀と膳とば借りて行ったて。

その年は無事に自分のお役目がすんだちゅう。

「そいが立派な塗り膳に、立派なお椀どん、

良【ゆ】うあぎゃん貧乏の男が持っとったねぇ」

て、言うばっかいでわけば聞かん者はなかったて。

「うぅん。持っとらん。我がとじゃなかあ。あすこその石から借りて来たとう」

て言うと、

「そいぎぃ、どがんして借りて来たあ」

「『あの、何も持たん。椀も膳も持たん』ち、言いよったぎぃ、

『どうぞ、お使いください』ち言【ゅ】うて、貸して貰うた」て。

「そいぎぃ、誰【だれ】にでん貸して貰うとじゃろうかあ。

来年【りゃあしん】な、俺【おい】が前じゃいどん、

俺もそいぎ借ろうかあ。あぎゃん立【じっ】派【ぱ】かとは」

と、隣の男が、また借りに行ったて。

「何【なん】も持たん。ご膳もなかあ。椀もなかあ」

て、こう言って歩きおった。

そいぎぃ、

「どうぞ」て言うて、石の上にまた十四、五人前もその、

椀とお膳と、ヒョロッと出てきたて。

そいぎまた、

その男も借りたて。

そいぎまた、次の年はまた、次のお友達が、

「ご膳もなかあ。椀もなかあ」

て、言うて行ったら、

「どうぞ」ち言【ゅ】うて、今度【こんだ】あ二十人前も、椀もお膳も出たて。

そいぎぃ、

「お借りします」ち言【ゅ】うて、借って使うたあ。

皆、その村の者【もん】は、あの物借り石から、お椀もお膳も借りて、

お御馳走を無事にすませおったて。

そいぎねぇ、

そのうちある男が、ほんに心得の悪うしてねぇ、

そぎゃーん、何人前じゃいろう少う返してもどうあろう【イイダロウ】、

と思うて、二十人前も折角貸してくれた石に、

今【こん】度【だ】あ五人前は、自分が使うことにして、

十五人前そこに返やしとったて。

そいぎぃ、

その次の年はまた回い目に番がきた家【うち】の人が、

「椀もなかあ。膳もなかあ」て、言うて何遍言うても、

そいから先ゃねぇ、何【なーん】も貸してくれんじゃったて。

不心得のあったばっかいで、それから先ゃねぇ、

その石は何【なーん】も貸してくれんやったて。

そんな不心得は絶対すっことなん。

チャーンと石といえども知っとったわけよ。

不思議な石じゃったねぇ。

そいばあっきゃ。

[一三一  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P401)

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