嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしはねぇ。

今のこご開けじ山ばっかいやったとよ。

あっちも山田、田舎も田舎、田舎の山ん村の話です。

冬も長【なん】かったちゅう。

今よいかもっと雪も降いよったのに。

ようようして【ヤット】春がやって来るちゅうもんねぇ。

春の来る前にさ、その山の草を焼くていうとが、

野焼きちゅう年中行事があっとったちゅう、ねぇ。

そいぎぃ、

その時は村中総出で焼くんもんじゃっけん、

「何日の日が野焼き」ち言【ゅ】うて、日取りもう、

三月二十三日が「野焼き」て、決まったちゅう、ねぇ。

そうして、

村中にその触れば回しおったちゅうもんねぇ。

そいで、

野焼きの時はさ、皆が太か持っとっしころの声ば出【じ】ゃあて、

「野焼きぞー。火を放すぞー」

ち言【ゅ】うて、高【たこ】う叫【おら】ぶことが習慣づけられとったて。

そりゃあねぇ、

枯れ草の中に狸がおったい、狐がおったい、また蛇もおったいして、

逃げきらんぎぃ、可愛そうじゃから、

「早【はよ】う逃げろうー」

て言う、こい知らせじゃったて。

ところがねぇ、

三月の二十三日の前の晩じゃったて。

名主さんが寝とんさんたぎと、

戸ばトントン、トントンて、誰【だい】じゃい叩くちゅうもんねぇ。

もう誰でん寝とろうだーい。誰じゃい出【じ】ゅうかにゃあと、

と思うとんさったいどん、誰【だーい】も出んて。

家【うち】ん者【もん】なグッスイ眠っとったて。

がーん【コンナニ】遅かとこれ誰じゃろうかあ、

と思うて、名主さんが戸を開けんさったぎぃ、

やつーれたお母さんが、二【ふた】人【い】の子供ば連れて

ションボリそこに、黒か着【き】物【もん】ば着て立っとっちゅうもん、ねぇ。

黒か着物ば着て立っとんしゃったてぇ。

そして、名主さんに、

「そいぎぃ、明日【あした】は野焼きばしんさっですかあ」

て、聞いたちゅうもん。

「野焼きすっばい。そうばい、明日【あしち】ゃが野焼きばい。

もう、触れば回しとんもん」

て、言んさったぎぃ、

そのお母さんはモジモジしおったいどん、

「明日の野焼きば一日だけ延してもらえんじゃろうかあ、ねぇ。

どうか、一日延ばしてはくんさんみゃあかあ」

て、もうほんに心配そうに頼むちゅう、ねぇ。

名主さんはもう、見よんさったぎぃ、

「ほんに可愛そうになって」

ち言【ゅ】うもんねぇ。

「そいぎぃ、お前【まい】さんには、何か都合の悪かとこのあっとかねぇ」

て、聞いたら、頷【うなず】いたて。

「そんないば、一日だけ日延べせんば仕【し】様【よん】なかたい。

良か良か、一日位【くり】ゃあない延ばそう。延ばそう」

て、言うたぎぃ、

その女【おなご】はほんに丁寧も丁寧に、お礼ば言うて帰って行ったてぇ。

そいどん、あくる日の朝はもう、

恐ろしかもう、空の晴れた良か天気じゃったちゅうもんねぇ。

そうして、あっちからもこっちからもはまって【労働仕度ヲシテ】、

今日の野焼きにゃ、はまって皆が若【わっ】か者【もん】も年寄いも出て来っちゅう。

そいぎぃ、

名主さんは昨夜【ゆうべ】あったことは、

何【なん】もかんもうっ【接頭語的な用法】忘れとんしゃったて。

そうして、

村ん者から、

「さあ、行こう。早【はよ】う、行こう」

ち言【ゅ】うて、促がされて、

とうとうその野焼きの現場に行たて仕舞いんさったて。

そうして、

あっちからもこちらも、

「野焼きぞー。火ばつくっぞー。山いっぱいが燃ゆっぞー」ち言【ゅ】うて、

火ばつけんさったて。

そうしてもう、その頃あたり真っ黒見事に焼けてしもうたちゅうもんねぇ。

名主さんは、その焼け跡ぱズウッと、

何時【いつ】もんごと見回って歩【さる】きんさったて。

そうして、

ギョッち、しんさったちゅう。ギョッてばい、驚きんさったちゅう。

そうして、立ち戻って見んさったぎぃ、

太ーか蛇が、小さな蛇を抱いたまま、真っ黒になって焼けこげとったて。

名主さんが昨夜のことば、ヒョッとアッと思【おめ】ぇ出【じ】ゃあて、

夜【よ】さい尋ねて来たとはこの蛇の化身じゃったとばい。

ほんに可愛そうなことばしてしもうた。

むぞうげなことばしてしもうた。

あぎゃん喜んで恐ろしかお礼ば述べて、安心して帰って行ったとこれぇ。

もう、本当に自分の忘れたことば後悔しんさったて。

ところがねぇ、

そいからはその名主さんの家は、もう次から次に酷か病人が絶え間なく、

とうとう三度目には大火事で丸焼けになってしみゃあさったてよう。

そいばあっきゃ。

[一二九  本格昔話その他〕

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P399)

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