嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

領主さんがそのへんば治めとんしゃったちゅう。

昔ゃ、全部【しっきゃ】あ、

何処【どけ】ぇでん領主さんがおんさったとよう。

そうして、

その領主さんは、代々親切な人ばっかいじゃったて、

良【ゆ】うその領内の面倒ばみてくいよんしゃったて。

ところがねぇ、

領主さんがその年の秋の稲の稔る時分に

回【み】ゃあおんしゃったぎぃ、

何処【どこ】の田も、きれいな黄金【こがね】の穂のもう、

フサフサと垂れてその年は豊作じゃったちゅう。

「今年は、良か取り入れのでくっばあーい」

て、言【ゅ】うてねぇ、

誰【だい】でん、領主さんも、ああ、良か目あうばい、百姓どまあ、

て思うとんさったて。

そいぎ

領主さんなね、

今年は今までになか稀【まれ】な豊作じゃっけん、

この際、年貢ばチーッと上ぎゅう。

六分四分の年貢にしゅう、て思うて、その触れば回しんしゃったて。

ところが、

初めにその回し状を受け取った者は、隣【とない】さい持って行く。

「何【なん】じゃろうか。回し状のきたいどん。

字も読みえんもん。

昔、無学者ばっかいじゃっけん、

何て書【き】ゃあてあっじゃいろうわからんどん

、ろくなこっちゃなか【マトモデナイ】ろう」

ぐりゃい言うて、また隣【とない】へ回【まや】あたあ。

そいぎぃ、

隣から隣に、

「俺【おい】もさっぱいわからん」

ち言【ゅ】うて、また回して、

だんだん字の読めんばっかいにスイスイ早【はよ】う回って、

じき名主さんの所【とこ】さいきた。

名主さんは見んしゃったぎぃ、

「六分四分の取り立て」て、書【き】ゃあてあって。

そいぎぃ、

百姓どんば全部【しっきゃ】あ呼んで、

「お前達はこの回し状に書【き】ゃあたた、

良【ゆ】うわかったろうなあ」

て、言んしゃったぎぃ

「何【なん】じゃい、わけわからんじゃったいどん、

ろくなことじゃなかろうでちゃ思う

とったあ」

て、言【ゅ】う者【もん】ばかいじゃった。

「これなあ、書【き】ゃあてあったとば説明する。

皆、良【ゆ】う聞けよ。

『六分四分』ち言【ゅ】うとはなあ、

六分が領主さんに納めて、残りの四分がお前【まい】さん達の物だよ」

て言うて、説明しんしゃったぎぃ、

大事【おおごと】じゃったてぇ。

誰でんそけぇ集まって来た者は、

「俺【おり】ゃ嫌だ」

「俺【おい】もそうだよ。

そがんことのあんもんかあ。

もう、こんな無理【むい】なことのあんもんか」

て、言う者ばっかいやったて。

「領主さんにいっちょ反対に四分六分にしてくんさっごと、

お願いに行ってください」て言うて、

名主に皆が頼んだもんじゃい、

「そうだなあ。一生懸命汗水流して働いて、働いて、

お前【まい】さん達もきついやなあ」て言うて、

早速、名主さんは領主さんの所【とけ】ぇ出かけて行きんしゃったて。

そうして、

「皆の衆が、やっぱい承知しませんだ。

どうか、これを四分六分ぐらいになしてください」ち言【ゅ】うて、

お願いをしんさったちゅう。

実はその領主さんはお姫さんがいて、

ほんに気立ての優しいたった一【ひと】人【い】娘さんやったて。

そのお姫さんが隣の部屋で、

このことば良【ゆ】う聞きおんしゃって。

そうしてねぇ、

領主さんが、

「いや、できん。今年んごと良か豊作年、貰わんぎぃ、

貰【もり】ゃあそこなう」

て言うて、

その年ゃなしじゃい【ナゼカ】領主さんな聞きんさらんやったて。

それを聞いて、

お姫さんな、

「私はきれいか着物も、贅沢【ぜいたく】なお御馳走も一切いりません。

どうか、百姓達の願いをお聞き届けください」と言うて、

一生懸命領主さんのお父様に頼みんしゃったちゅうもんねぇ。

あいどん【シカシ】、

領主さんはいっちょでん【ヒトツモ】聞こうでしんしゃらんやった。

そうしおっうち、

この豊作を祝う秋祭りの日がきたちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

百姓どもはさ、

「あの祝いのお祭りの酒に領主が酔いつぶれとっとば、

今晩襲いかかって、担いでさ、

あの断崖の高【たっ】か崖の端から落しとて、

うち【接頭語的な用法】殺そう。

どうだい、あの欲の目を一遍に殺【これ】ぇたがましやなかろうか」

て、皆が話し合い、

「そうだ。そうだ」て、

皆が、若【わっ】か者【もん】の決起で言うた。

そいぎぃ、

「酔ったとに行こう」て言うて、皆が出かけたちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

なるほど女の着物【きもん】ば着てベチャアーッて、

酔いつぶれて寝とん者【もん】のあったけん、

こいこそ、ぎゃんきれいかと着とるとは領主さんぜぇ、

と思うて、

「ヨイショ、ヨイショ」と、担ぎ出【じ】ゃあて、崖ん上から、

「良か往生ばせろ。欲のかたまあーい」ち言【ゅ】うて、

もう全部【しっきゃ】あがかいして投げたちゅう。

そうして、一晩明けてねぇ、また若【わっ】か者【もん】どま、

「ほんなこて、どぎゃんざまじゃろうかにゃあ、見届けじにゃあ」

て言うて、その崖ば降りて行たてさ。

そうして、

「調びゅう」ち言【ゅ】うて、五、六人行たちゅうもんねぇ、

百姓達の。

あったぎぃ、

先に行た者【もん】のさ、泣くちゅう。

「なし、ありゃ泣きおっかねぇ」

言うて、皆がドロドロドロって、行たてみたぎねぇ、

あの優しか評判の高かとのお姫さんのさ、

もうそこにつぶれて

崖からほたい【接頭語的な用法】投げられて、

ビシャッて、死んどんしゃったて。

「ありゃあ、お父さんの身代わりじゃったばい」て、

皆そこにその場を離れえじぃ、皆が泣いたちゅう。

そいどん、

その領主さんは、

「たった一人の娘ば、

昨日【きのう】の晩なあぎゃんして泣きながら、

お父さま百姓達を助けてやってください」

て、言いおったことをシミジミと思い出して、

胸に手を当てて、

「ああ、俺【おい】が身代わりにあの子が、ぎゃんまでして」

と、無情を感じ、

そいからは百姓に四分六分の取り立てにしんさったちゅう。

そいばあっきゃ。

[一二〇  昔話その他本格]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P391)

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