嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

男植えどんしゅうでちゃ、

人間で馬を操って、田を鋤【す】いて、地ならして

水を引いて稲の苗ば植えおったちゅうもんねぇ。

田植え時のきたけど、ひとり暮らしのお爺さんがおって。

お爺さんの田は、いっちょん田植ゆっだんに

ならんじゃったちゅう。

そいどん【シカシ】、お爺さんは何時【いつ】でも、

観音さんのあの所ば通って、

「観音さん。今日も一日無事で達者で一日働いて過ごせますように」

ち言【ゅ】うて、行きがけには丁寧に拝【おご】うて行きんさって。

そして夕方、

お仕事がすんで帰って来っ時ゃ、

「観音さん。誠に有難うございました。

今日一日怪我もせじぃ、無事に仕事が終わりました。

ほんーにお陰さんで、あなた様のお陰で有難うござんした」

ち言【ゅ】うて、帰って来おんさったて。

そしてその年も、田植え時になって

いっちょんお爺さんの田は、もう

田植ゆっだんにならんちゅうもんねぇ。

そうしてもう、

長雨も長【なご】う降いよったとも、

もう長雨さえあがるだんになっても、

まあーだお爺さん所の田だけは、いっちょん仕事がさばけじおったて。

そいぎぃ、ある日のことねぇ、

お爺さんが田を鋤いていると

馬が今日はチョコチョコ歩くて。

おかしかよーと思うておったら、

小【こま】ーか子供が、

「はいどう。はいどう」ち言【ゅ】うて、

もうチョコチョコ馬の鼻ずらば取って

サッサと馬で耕して地ならしもして、

もう植ゆっばあーっかりすっごと、じきにゃあて、

田まで植えて加勢したちゅう。

恐ーろしか俺【おり】、雇いもせじぃ、

頼みもせじいったいどん、

ありゃあ、あの子供は何処からじゃったろうかにゃあ。

お礼どん言わんばらんじゃったとけねぇ、と思うて、

見たらもう子供は見当たらん。

お爺さんは、今日は仕事はまだ終わらんと思うとったぎぃ、

ちぃすんだと思うて、立派に田の植【うわ】った跡を眺め眺めして、

ボツボツとそこを帰って来んしゃったて。

そいぎぃ、

何時【いつ】もんごと、その観音さんに、

「ほんに、今日も一日お陰、無事に仕事ができましたけど、

今日は誰か子供が手伝ってくださって、ほんにお陰もう、

田までちい植えました。

有難【あいがと】うございました。

ほうに、有難うございました」て言うて、

フッと、顔ば上【あ】げんさったぎぃ、

お堂に小【こま】ーか泥の足跡の

チョコチョコ、チョコチョコて、

ズーッと、お観音さんの扉【とびら】までちいとったてぇ。

そいぎぃ、お爺さんさんはねぇ、

「あらー、あの、馬の鼻ずら取って加勢しんさった、

ここの馬頭観音さんじゃったとばーい。

ほんにこういう助けをいただいて、観音様、

本当に有難うございました。

お陰さまで有難うございました」て言うて、

その爺さんは帰んさったちゅう。

馬頭観音さんの加勢じゃったそう。

そいばあっきゃ。

[一一七  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P389)

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