嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

むかーしむかしねぇ。

もう、夫婦者【もん】の百姓の

ほんに正直で良【ゆ】う働くとのおんしゃったちゅう。

そいでもう、

二人一生懸命に働きおんしゃったぎぃ、夕方坊さんのねぇ、

「こういうお寺は知らんかあ」ち言【ゅ】うて、

尋ねて来【き】んしゃったちゅうもんねぇ。

そいぎんとにゃ、

「あの、何処【どこ】ですかあ」ち言【ゅ】うて、

まいっちょ問い返しんしゃったぎぃ、

「長福寺さい行く道よ。

私【わし】は長福寺さい行くとば尋ねおいどん、

何処さい行くぎ良かろうかあ」ち言【ゅ】うて、

そのお坊さんの聞きんさったそうです。

そいぎぃ、

「ああ、長福寺ねぇ。ここのあの、宮のあっちの方の向こうじゃいろ、

ズーッと小【こま】ーか道ば行くぎぃ、

まちかっと近かいどん、

ぎゃん日暮れになってからは、近道ば行って良かいどんねぇ。

そいぎぃ、

嫁さん、我が一【ひと】人【い】気張いよっけん、

お前【まい】さんな、あの、

この和尚さんば長福寺まで案内して来【こ】いよい」

ち言【ゅ】うて、言んしゃったぎぃ、

お母さんの方は、

「ない」ち言【ゅ】うて、その長福寺まで連れて行きんしゃったて。

そうしてもう、

長福寺の山門の所まで行って、

「こちらが長福寺さんですから」ち言【ゅ】うて。

そうして、

坊さんの、

「ほんに有難【あいがと】うございましたあ。

本当にお陰でほんに間違【まちぎ】ゃあもなし長福寺に

辿【たど】い着くことができて、

ほんに有難うございましたあ。

これは、ほんにあなたさんが

ここまでも連れて来てくんさったお礼です」

ち言【ゅ】うて、

一文銭【ぜん】ばくんしゃったてぇ。

そいぎねぇ、あの、帰って来て、

「お父さん、和尚さんから一文貰うたよう」

「ほう、お金どん和尚さんから貰うて気の毒【どっ】かったない」

言うて、

あの、自分の家【うち】に夕方もう、暗【くろ】う

ないかかいよったもんじゃい、帰んしゃったて。

そうして、

一文のお金ばこうして、

「ご先祖さんにも上げんば」ち言【ゅ】うて、

上げおんしゃったぎね、

その金の、「フクフクフク」ち言【ゅ】うて、

沢山【ゆんにゅう】なったちゅうもん。

「あらっ。瓶のどうも動きよっごたっ」ち言【ゅ】うて、

見たらその瓶いっぴゃあ一文銭の入【はい】っとったて。

そいぎぃ、

「あらー。あたいどまたった一文貰うて来たと思うとったぎぃ、

今夜【こんにゃ】、家【うち】さい持って帰った途端に

沢【よん】山【にゅう】いちなったあ」ち言【ゅ】うて。

そいぎぃ、

お聟さんの方が、

「確きゃあ、あの、

何処【どこ】じゃいで見たごたった顔のお坊さんやったあ」

ち言【ゅ】うて、言いよったら、

お嫁さんが、

「あっああ、あんさんもそぎゃん思うとっ。

私も見たごたっと思うとったよう」言うて、

「そうねぇ。誰に、そいぎ似とんしゃったろかにゃあ。

見たごとあったねぇ」ち言【ゅ】うて、

その晩な休みんしゃったて。

そして、

あくる晩、またそのお坊さんの話になって、

ヒョッとしてそけぇあの、

掛け軸の七福神の掛け軸の床に掛かっとっとば見たぎぃ、

その掛け軸の布袋【ほてい】さんにソックリじゃったちゅう。

そいぎぃ、

「あらー、この和尚さんな

家の掛け軸の布袋さんじゃったいろうわからんばいねぇ」

て言うて、二人の者【もん】が話しおったら、

あの、その紙包みに一文ずつ貰うて、

包んどったとばご先祖さんに上げとったぎぃ、

そいも使っても使っても、その一文銭の紙包みいっぴゃあなって。

そのお百姓さんは、

ほんに運がむいてきたて。

そいから、いっちょん困らんで暮らすことんできたて。

「あのお坊さんな、布袋さんどころか福の神さんやった。

ほんに良かった」ち言【ゅ】うて、

二人の者は真面目に信仰することになったちゅう。

そいばあっきゃ。

[一一二  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P385)

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