嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

むかーしむかし。

女【おなご】の神さんのおんさったちゅうもんねぇ。

この神さんに赤ん坊ば見すっぎもう、食べとうして

その神さんなたまらんて。

そいぎもう、

赤ん坊てしゃがあっぎぃ、赤ん坊の側【そび】ゃあ行たて離れじぃ、

チョッと人間の隙【すき】ば見ては、

ペローッていち【接頭語的な用法】食いよって。

もう、その赤ん坊ば食ぶっとば好きで、

赤ん坊ば好きで毎日食べじゃおられん。

そいだもんだから、

とうとう神さんの世界から人間の世界さんに

彷徨【さまよ】って来てね。

赤ん坊の泣き声ば聞くぎぃ、その家にもう、

何時【いつ】まってん入りびたって、

そして家【うち】ん者【もん】のおらん時、

いち食うてしみゃあおったて。

その神さんも、天竺が恋しゅうなって

何時【いつ】じゃい帰って来【き】んしゃったぎねぇ、

天竺の入り口で良う知っとんさっ男の神さんに、

出会【でお】うたて。

その神さんは鹿ば射とめて、岩の上に立ちないさいたて。

その男の神さんの男らしさ、逞【たくま】しさ、

女の神さんはいっぺんに見とれて好きになんさいたて。

そうして、男の神さんがこの鹿を差し出【じ】ゃあて、

「これを食べると良いよう」て、声まで優しゅうかけんさいたて。

そいぎもう、

あの、赤ん坊ばっかい食べよったその女【おなご】の神さんは、

「赤ん坊よいか美味【おい】しいご馳走ないですよう」て、

言うた男の神さんに言んしゃっけど、

「でも、この鹿はもっと美味しいかわからんから、食べてみれぇ」

て、言んさったて。

そいーぎ食べたぎもう、

そぎゃん人間の赤ん坊よいか鹿の肉が美味しかったちゅう。

そういうことで、

その男の神さんは男ぶりの良い、逞しそうにしとんさっもんだから、

一緒に離れじおって、とうとう二人は一緒になんさった。

そいで、男の神さんは、

「私と一緒だね。

人間の子供なんか食べんで獣【けだもん】を食べよう」

て言【い】うて、言んさったて。

そうして一時【いっとき】ゃねぇ、

女【おなご】ん神さんはそがんして一緒に暮らしおんさったぎぃ、

子供の生まれたて。

そいで一人は男の子、もう一人は女の子供。

そうしてまもなく、二人の神さんはちい死にんしゃったちゅう。

あったぎねぇ、

後に残った男の子と女の子はねぇ、

【まあ兄弟でん良かったろうか知らんけど、】夫婦になって、

じき、また子供の生まれたて。

そいがあ、

一遍子の生まれ出【じ】ゃあたぎぃ、

ゾロゾロ、ゾロゾロまたまたまたていうように、

百人も子供の生まれたて。

そいでねぇ、百人目に生まれた女の子には、

スエて名前ばつけんしゃったて。

ところがねぇ、

女の神様はねぇ、そのスエを抱いて、

夏、人間の村ばズーッと来おんしゃったら、

もう可愛―いか可愛―いか、

ちょっと可愛いか赤ん坊を抱いた女の人に出くわしたぎぃ、

もう自分のスエは、ほったらきゃあて、

もう赤ん坊を食べとうしてたまらんごとなんしゃったあて。

そうしてねぇ、

その人間がチョッと、隙【すき】ばみせた時に

ガブーッとかぶりちいてぺローッて、

「美味【うま】い、美味い」ち言【ゅ】うて、食べてしみゃあさった。

その味ばしめて、毎晩毎晩、人間の所さん出かけて来ては、

赤子の泣き声ば聞くぎぃ、その子ばおっ盗【と】って

いち食いおんさったて。

そいぎ

人間は、神さんはこう姿が見えんもんじゃっけん、

もうヒョロッて子が生まれんごと何【なん】じゃい口々に、

「ああー、あれは神隠しに合【お】うた。

おらんごと家【うち】ん子もなったが、神隠しじゃろう」て言うて、

あきらめよった。

悲しいながらもあきらめよったて。

そいぎねぇ、

ところが、ちょうどそこに、

お釈迦さんの通りかかんさった。

そうしてちゃーんと、お釈迦さんはこの女の神さんが、

人間の赤ん坊を食べようと知っとんさったもんじゃっけん、

この通りかかって、スエがすぐそこにおったもんだから、

あの、スエを托鉢ん中に入れて連れてはって来【き】んさった。

そいが女の神さんは、自分のに家【うち】帰ってみたぎぃ、

じきぃー、あの九十九人も子はゾロゾロとおっとこれぇ、

スエのおらんのに気のついて、もー泣き喚【わめ】いて、

「スエは何処【どけ】ぇ行った。スエの目【め】っかからん」

て言うて、もう天竺、も隅々まで捜【さぎ】ゃあて、

「ああー、これはお釈迦さんが連れて行かれたに違いなか。

お釈迦さんが通られたから」ち言【ゆ】うてもう、

お釈迦さんの所に恐【おっそ】ろしか泣きついて来て。

そうして、

「スエは私【わたくし】の子供です。早くお返しなさい。

早く返し出【だ】せ」て、泣き喚いたて。

そいば聞いたお釈迦さんは、静かに言んさったて。

「お前は、他に九十九人も子供があるじゃないか。

スエ一【ひと】人【い】くらい私【わたし】にくれても良いだろう」

言【ゆ】うて、もう言んさったぎぃ、

また泣き喚いて、

「他の子はいらん」て。

「スエ一【ひと】人【い】が私【わたし】の大切な子だ」て。

「他の者【もん】は目に入【はい】らん」て。

「あのスエば返せ」て言うて、くってかっごと言んしゃったて。

そいぎぃ、

お釈迦さんが言んしゃには、話しんさった。

「お前【まい】には九十九人もスエの他に子がいる。

そいでもこの一【ひと】人【い】の子供が無【な】くなると、

『ああー、あのスエがおらん。スエが欲しい。早く返せ』

て、こんなに言うけれど、人間達をみてご覧」て。

「人間、一人か三人か五人か、手の内に数えきる子供しかいないよ。

そいだのに、お前【まえ】から攫【さら】われて食べられて、

人間どもの悲しみはどんなであるか」て。

「そう考えたことがあるか」て言うて、

順々てお諭【さと】しになった。

「お前がそのことがわからんうちは、このスエは絶対返さない」

とまで、言われた。

そいぎぃ、

あの神さんは、お釈迦さんのお言葉にすっかい感じ入【い】って、

そうして、

「どーぞ、私【わたし】をお弟子にしてください。

本当に人間の子供を盗【と】って食べて悪うございました。

堪忍してください」ち言【ゅ】うて、

悔い改めて「鬼子【きし】母神【もじん】」て、

名前ばもろうて、神さんになったて。

そいぎねぇ、

ところがただ今では人間は、もう子供を授かっ神さん。

そうして子供が立派に無事に大きくなるちゅうことが、

ほんに信仰しおって。鬼子母神です、

その女のいち食いよった神さんは。

なるほど、沢山子供を産んだから、子供を授けるて。

そいて一人も死なんで、無事に育ったから、

人間は信仰するって。

しかし、

人間の子供を食べたていうのも、

あの、お釈迦さんのお諭しによって、

悪行が、この神さんはそれから改まって

絶対子供を盗って食べるようなことはしなかった。

チャンチャン。

[一一一  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P383)

付記

そいで、これ二つあるそうですよ。あの、婆ちゃんは、因縁ちゅうか、前のお母さんが、ほら、子ば盗って、ようようと鹿ば食いついて、そして好きな男の神さんと一緒になって、獣ば取るごと。その子供だったから、こんなになった。そうして、親も良い善業ば積まんといかんて。そこんたいわからんですけどね。

 

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