嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

ある漁師の村にさ、

一【ひと】人【い】の法印さんのおんさったて。

あいどん、こん人ん子供ん時はねぇ、

その漁師さん達の舟の

飯炊きっ子じゃったちゅうもん。そうして、

ご飯ば炊かじ用意せじ良か時ゃ、ねぇ、

そのドンドン、ドンドン、箸を舟からさ、

海さい飛ばし込んで。そうして、

泳いで進みおっ舟に追いつくことばすんもんじゃい、

その舟主さん達の言んさっには、

「お前【まり】ゃまあーだ子供じゃっけん、

そぎゃん無【む】茶【ちゃ】ばすっことならん」て。

「まちかーっと我が五【ご】体【ちゃあ】ば

むぞうがらんば【可愛ガルヨウニ】」て言うて、

聞かせおんさった。そいどん、

その飯炊きおった子はねぇ、

「あげんすっとは、我が行しおっとじゃんもん」て。

「海で荒行ばしおっとばい。体ば鍛えおっと」

て言うて、そいからもう、しょっちゅう舟から

海さい飛ばし込んで荒行ばっかいしおったて。

そうして、そん子の十六になった時分にはねぇ、

「私ゃねぇ、海の行はもうすんだけん、

今度山の行ばして来【く】っ」ち言【ゅ】うて、

その村から一時【いっとき】

おらんごとなったちゅうもん。

三年もおらんじゃったてばい。

そうして、村さい帰って来た時ゃねぇ、

死人のごとなって、

馬ん背中に括【くく】り付【つ】けられて

帰って来【こ】らしたちゅう。そいぎ村ん者な、

もう死なしたもんて思うたもんじゃいけん、

数珠持って拝みや集まって行たとたーい。

あったいどんねぇ、

そぎゃん死ぬごと酷【ひど】か

山の荒行ばしたその人は、もう、いろいろなことの、

人間の力じゃでけん法力ば

授かっとんさったちゅうよう。

そいで我が思うごた何【なん】でん適【かな】うて。

適わんことはなかちゅう。そいぎぃ、

村でこん人んことを法印さんちゅうて、

言いおったと。

そいで、ある年、

もう年の内から海の時化【しけ】て冬、

もういっちょん漁しぎゃ、

魚捕【と】いぎゃ出られんじゃったてぇ。

そいぎ漁師さん達ゃねぇ、

「正月の来たいどん、

我が餅でん口にゃ入らんたい」て、

言う者ばっかいやったて。

そいばその法印さんの聞いてさ、

「俺【おい】が餅ば持って来てやっけん。そいけん、

俺が良かて言うまで、目ばつぶっといやい。

開くっことなんばい」て、言んさいたけん、

漁師さん達ゃ言わるっごーと、

目ばしっかい誰【だい】でんつぶっとったて。

あったぎねぇ、

法印さんの柏手【かしわで】ば

三度ばっかい打ちんさったとの聞こえたちゅうもん。

そして一時【いっとき】したぎぃ、

「良かー」て、言んさったぎぃ、

誰【だい】でん目ば開けたぎばーい、

定紋のついた立派か重箱にさ、

沢山【どっさい】餅のつまったとの、

何処【どっ】からじゃい落ちてきたてばーい。

そいぎぃ、村ん者は誰【だい】でん喜ぶ喜ぶ。

「あの、ほんにぎゃん餅のいながらして頂かるっ」

ち言【ゅ】うて、恐【おっそ】ろしか喜んだちゅう。

あったいどん、その法印さんなねぇ、

十九人の天狗さんば、もう顎【あご】ん先で

使【つき】ゃあおんさったちゅう。そいけんねぇ、

そいからもう、法印さんな

村んため大抵【たいち】ゃいろんなことば

してくんさいたちゅう。

そいばあっきゃ。

[一〇二  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P376)

標準語版 TOPへ