嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 そいぎねぇ、蜘蛛の糸の話をしまーす。

恐ーろしかねぇ、もうー大悪人のおったて。

欲しかーて思うぎもう、所かまわず

家の中【なき】ゃあ入【ひゃ】あって行たて、

何【なん】でんひったくってきて、

我が欲しか物【もん】な

おっ盗【と】ってはって来【く】っ大泥棒。

そいからねぇ、女【おなご】もこりゃあ、

きゃあきれいかにゃあと思うぎぃ、じきもう、

ひっ【接頭語的な用法】さごうてはって来っ。

もう手におえんごと大泥棒の

悪人の一【ひと】人【い】おったて。

そのねぇ、大泥棒が、ある時ねぇ、

恐ろしか雨の酷う降っ時ねぇ、

今日は何【なーん】もうまいとこされんにゃあ、

と思うて、行きよった時ねぇ、蜘蛛のねぇ、

水の所にこう、水口ん所【とけ】ぇ、

かけとったけど、この溜まい水がいっぱいなって、

ゴウゴウやって音立てて、水が流るんもんだけ、

巣をかけとったいどんもう、巣ごと蜘蛛ごと、

ひん【接頭語的な用法】流りゅうでしおったけん、

こう棒ば差い出【じ】ゃあて、

蜘蛛ば助けてやったて。ところがねぇ、

あの大泥棒でも年取って、とうとう寿命のきてね、

死んごとなったあ。そうーしてねぇ、

まっ逆さまに地獄さにゃ、落ちていたてばーい。

死んだけんが、もう真っ暗太―か、そいぎぃ、

青鬼てん赤鬼てんからねぇ、

太ーか鉄の棒の刺【いげ】【魚の小骨】のあっとで

叩かれて、体中血だらけにないおったて。

あったぎぃ、フーッとその、

真っ暗隅の穴の上ん方を見たぎねぇ、

蜘蛛の糸の上からスーッと下りてきたて。あらー、

蜘蛛の糸の私ば助けて来た、と思うて、

その大悪人じゃったいどん、

藁にもつかむ勢いでつかまえたろうか。

蜘蛛の糸てわり強かったて。

そいぎぃ、蜘蛛の糸を辿【たど】って

ズーッと上の方さん行きおったぎね、

ああ、草臥れたーあ、と思うて、

チョッと行きおったぎ上の方にね、

大ーきな枝のあって、

チーッと世間の見ゆごたっ木の枝のあっ。

そこに蜂の巣かけてねぇ、蜂の蜜のさ、

ポトーポトーって落ちおってじゃん。そいぎねぇ、

ああーて口を開くっぎぃ、

ちょうど密の甘―かとの

口の中【なき】ゃあ落ちってじゃん。

美味【おい】しか、

ほんなーあ甘くて、【本当に蜂蜜て、

純の蜂蜜美味しいですね。】もう、

その蜂蜜の甘さに酔うてねぇ、ああーて、

何時【いつ】までも、ああーてしとった。

あったぎねぇ、ヒョッて下ん方ば見おったぎねぇ、

そいぎぃ、下ん方はね、大蛇のさ、

もう青鬼・赤鬼の所【とこ】から大抵見えたかと。

大蛇のね、横の方にこう持ち上げて、

今にも上から人間の落ちてくっぎぃ、

ガブッて一口で、口を持ち上げとってじゃんもん。

そうしてねぇ、またこーうして、

上ん方辺【にき】ば見て、上ん横せの穴にはね、

虎の、虎のもう半分爪ばくーうして、

牙ばむき出【じ】ゃあて、あの、

飛びかかってくっごとしとって。そいぎもう、

つっくるごと怖【えず】うしてたまらんどん、

密はスタンスタンスタン落ちてくんもんじゃい、

美味【うま】かごたんねぇ、と思うて、

一生懸命に蜜を吸いよったあ。

ところがその、蜘蛛の糸のかかっ所はねぇ、鼠の、

真っ黒か鼠と、真っ白か鼠とね、

ガリッガリッガリッガリッと、

その蜘蛛のかかっとっ木の枝の根元ばね、

もうちかーっとなっごとかじおっちゅう。

こら、困ったにゃあ、て思うて、

もう運命にこりゃまかせんばどぎゃんしゅんなか。

あいどん、蜂蜜の落ちた甘かにゃあ、と思うて、

出おった。それはねぇ、お釈迦さんのねぇ、

大泥棒でもたったいっちょ良かことばしたけん、

蜘蛛ば昔々助けてやったけん、

蜘蛛の糸ば地獄の底まで落としてくんさったて。

さて、白黒の鼠ちゅうたあ、夜昼、一日。

そいばねぇ、クラクラクラ変わって、その、

たちよっ。もう運命はその、かじってしまうぎぃ、

蜘蛛の糸が、それこそ、あの、何か、

虎から食べらるっけんね。悪かことしとっけんね。

そういうことのあったていう。

蜘蛛の糸ていうてあります。

[一〇一  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P375)

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