嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

子供の沢山おる家【うち】があったて。そうして、

子供のひとり恐ーろしかもう、

元気坊じゃったぎねぇ、

「一【ひと】人【い】ぐりゃあ、

お寺にやっぎんとにゃあ、万劫末代まで、

そこの家の者は極楽に行くてばーい」て、

いうことで、子供の多いも家【うち】では、

お寺さんに小坊さんにやいよんさったと。そいぎぃ、

百姓じゃったいどん、そのとても元気坊の息子ば、

お寺さんに小坊さんにやんしゃったて。

そうしたところがねぇ、お寺さんじゃっけん、

あっちこっちからいろいろな物の

供物【あげもん】のあっとう。そいぎぃ、

ある日のことねぇ、もう金持ちさんの檀家さんから、

恐ろしか美味【おいし】かろうごたっ、あの、

餅菓子のねぇ、箱一杯【いつぴゃあ】

お寺に上がってきたて。そいぎぃ、和尚さんは、

「有難うございます」て、言うてから、

「こりゃあもう、如来さんにさい、

お前【まい】達小僧上げとけぇ」て、言うことで、

兄小僧さんが、その、餅ば上げたて。

ところがねぇ、明くる朝、お燈明ば上げに行って、

誰【だい】でんその、美味【うま】ーかごと

色の良【ゆ】して、柔らかごとして、

とても美味かろうごたっお菓子じゃっもんじゃい、

そいばっかい見て、その、

競争して本堂にお詣りしぎゃ、

拝【みゃ】あぎゃ行きよったあてぇ。ところが、

明くる朝、年長の小僧さんが、

お光いば上げや行たて、フッと見たぎ、

そのお供えしちゃあった、

檀家さんから得た餅菓子は何もなかてじゃんもん。

そいぎもう、おろちぃて和尚さん所【とけ】ぇ来て、

「和尚さん、

昨日【きのう】檀家さんから貰うたあの、

お供えの餅菓子ゃ何【なーん】もあいません」

「ありゃあ、確【たしき】ゃあ、あの、

新しく来た小僧さんのいち食うたに

違【ちぎ】ゃあなかあ」て、

年のいちばん古参の小僧が言いかけたぎぃ、

他ん者も、

「えぇ、そうじゃろう」ち言【ゆ】うて、

もうニユッとにらんで、

もう田舎の百姓から来てまーだ慣れん小僧に、

「あの小僧がいち食うてしもうた。

いっちょ食うたぎぃ、

まいっちょちゅうごと

甘かったに違【ちぎ】ゃあなか。

いっちょも残さじぃ、

全部【ひっきゃ】あどめいち食うて」て言うて、

そいから先ゃもう、

事に触れてはその小僧さんばいじめたちゅう。

そうしてもう、小僧さんなほんに叩かれもするし、

何【なん】か悪か仕事ばかいさせられる、

水汲みない水汲みばっかいさせらるっ。

ほんに困っとったいどん、

誰【だれ】にも言われじぃ、

こいが行【ぎょう】じゃろうだいと思うて、

我慢しとった。家【うち】さにゃあ帰って、

お父さんに申し上げようかにゃあて、

何遍思うたかわからんどん、

余【あんま】い酷うあたらるんもんじゃっけん、

「和尚さん、チョッと家【うち】に

帰らせてください」て、願い出たと。

「おう、おう。いいよ、帰ってお出で」て。

そいぎぃ、我が家【え】帰ってお父さんにねぇ、

「ほんにあの、美味かろうごとしとったいどん、

ほんに食べたかごとあったばってん、

手でチョッとでんさわらんやったいどん、

他の兄弟弟子どんがもう、

我がにそいば託【かこつ】けて、

何【なん】でん辛【つろ】うあたっ」て、

「もう、小僧としておいえんごたっ」て、

涙ポロポロ出【じ】ゃあて話【はに】ゃあたぎぃ、

お父さんなそいば聞いてカンカンに怒って、

「俺【おい】が他所【よそ】の物は

覗いてみっとでんが、罪のごとして、

『他所【よそ】んとば盗【と】っごとなん』

ち言【ゆ】うて、あぎゃん厳しゅう教えとったけん、

そぎゃんことお前はしとらんじゃろうのう」て、

言わした。

「もちろん、私はそがんと見はしたてちゃ、

手でん出さんやったとにぎゃん疑われおっ」ち、

子が言うもんじゃい歯痒がって父さんな、

「そいぎこい、私【わし】が行たて、

その兄小僧どんばやっつけてやる。

和尚さんに申し上ぐっ。こういうことなか、

疑われてはほっておけん」て言うて、

お父さんの恐ろしか腹かいたち。

そいぎぃ、側におったおっ母【か】さんがねぇ、

「まあ、まあ、お父さん」ち言【ゅ】うて、

袖ば引っ張って、

「そぎゃん聞いてじきに、あの、火に油注ぐごと、

そぎゃんするもんじゃなかと。

まあー落ち着いてください」て。

「そんな我が子の言うたぎじき、

『チン』ていえば『カン』て、

怒るもんじゃありません。

私が何時【いつ】も信心するお不動さんに、

明日の朝は早【はよ】うお詣りして、

何【なん】とか我が子の罪の晴れますように、

朝詣りをして来ます。そいで、まあ、

お父さん今夜はこらえてくんさい。

折角家【うち】に帰って来たけん、

この子の好きな物【もん】でんこさえて

今日【きゅう】はユックイ心を慰めてやりましょう。

ほん歯痒いかったろうなあ」て、

お母さんはお母さんらしく言うてねぇ。

そうして、明くる朝、

まあーだ夜【よ】の明けんうちからその、

お不動さんに詣【みや】あんさったて。そうして、

お不動さんにもう一心にほんに、

我が子のこういうことで皆からいじめられよっ。

折角行【ぎょう】に励んどったとこれぇ、

何【なん】とかお力添えください」て、

拝みよったぎぃ、ゴソゴソっと、音したて。

ヒョッ見たぎあったぎ、

干菓子のお供えばしとったとば、

鼠の横ん方からコロコロって来て、

引いて行くちゅうもん。また見よったら、

まっいっちょんとの、

また残っとっとば引いて行くて。

見よっうち全部【ひっきゃ】あなかごと

引いて行くて。ああー、て思【おめ】ぇんさった。

「ああ、信心はこれがご利益だ」て。そうして、

家【うち】さい帰って、

「お父ちゃん、お父ちゃん」て。

「今朝は早うご飯焚く前にお不動さんに

何時【いつ】もんごと詣【みゃ】あたぎ、あの、

お願いばすんもんと思うて、

干菓子ば持って行たて上げて拝みよったぎぃ、

その干菓子の硬かとば、鼠のチョロチョロチョロ、

右から左から来て引いて行たばい。そいけん、

『この子の盗【と】っとらん』て、言いよっけん、

『こりゃあ、鼠じゃい何じゃいの

仕業じゃいわからん』て、和尚さんに行たて、

『お御堂ば積み段ばゆう掃除どんしてんござい』て、

言うてみんさい。初めから、頭から、あの、

ガンガン言うて、

殴りこむごと言うべきもんじゃなかあ」て、

お母さんの言んさったて。

「そいぎぃ、そいもそうない」て、

お父さんも思うて、小僧さんと、

「ほんに泊まいがけで里帰りさせて

有難うござんしたあ」ち言【ゆ】うて。そうして、

柔【やわら】かく話しかけんさったて。

「実は、この子は、あの、この間、

檀家さんから美味かごたっお菓子の上がったぎぃ、

そいばこの子が盗み食【ぐ】いして

全部【しっきゃ】あ食【く】うてしもうたちゅう、

疑いばかけられとったてやろう」て、

話しんさったぎぃ、和尚さんの、

「いんにゃあ、何【なーん】も知らんやったあ」

「あら、そうですか。実は、この子も

小【こま】かけん、ほんにそいでもう、

夜の目も寝【ねえ】らんごとあったらしかです」

て言うて、言んさったぎぃ、

「そぎゃんことやったですか。

私【あたい】が目の行き届かんで。そいぎぃ、

今日【きゅう】はあの、

全部【しっきゃ】あがかいで、あの、

小僧達全部で積み段の掃除どんさせましょう」て、

言うてくんさいた、和尚さんの。

そうして、お父さんの帰んさった小僧もおって、

上の小僧さんも全部あ、七、八人もおったとの

何【なん】でん片付けて掃除しよったぎねぇ、

もうその餅菓子ばかぶいかけたとのなんのて、

もう隅の方にあったい、

内敷居に転【ころ】うだいしとったてぇ。そいぎぃ、

その年のいちばん上の小僧さんも、

「ありゃあ、ごめんなさい。

お前【まり】ばっかいば疑うて堪忍せろやあ」て、

言うごたっふうで、

皆がそこでまたいちだんと仲良しになった。

あいどん、家【うち】ではおっ母【か】さんが、

「ああ、信心はすべきだ。

信心のご利益は大したもん。

やっぱい信心はしょう」て言うて。そいからも、

その上、お父さんまでお不動さんを

信仰すっごとなんしゃったてぇ。

チャンチャン。

[一〇〇  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P374)

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